本日のメイン記事

富田林の歴史

【南河内郡太子町】聖徳太子と政治を執り行った日本初の女帝・推古天皇陵と竹田皇子の墓、山田高塚古墳

太子町にある聖徳太子廟、小野妹子の墓、歴代天皇陵(用明天皇、敏達天皇、孝徳天皇)を回りましたが、もうひとつ大切な天皇陵があります。それは推古天皇陵、聖徳太子と政治を執り行った日本初の女帝の陵墓です。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【大阪狭山市】なぜ?池之原会館のすぐ近くには旧丈六村(堺市東区)の飛び地が。その理由を探ってみた

大阪狭山市から最も近い百貨店をみると、泉ヶ丘駅にある泉北高島屋になりますが、つい最近まで乗り換えなしの堺東駅に直結していた堺タカシマヤがありました。御存じのように堺タカシマヤは1月7日をもって残念ながら閉店となりました。とはいえ、泉ヶ丘にも...
河内長野の行事・イベント

【河内長野市】福餅が一杯!ひとあし早い烏帽子形八幡神社のえびす祭。今回が最後となる餅撒きを実施

河内長野喜多町にある烏帽子形八幡神社の恵比須(えびす)祭りは、一足早く6日に宵えびす、7日日本えびすが行われます。今年は、両日はおぜんざいの接待のほか、餅まきが昨日、1月7日の15時より行われました。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】かつて神社が存在した場所に残る白木神社遥拝所。その先には今鎮座する大阪唯一の村に

合祀後の元神社のその後ですが、地元の要望で復社するか、政府の方針を無視して地元でひそかに祀る、あるいは跡地として残る、もしくは完全に消滅するパターンが多いようです。しかし、白木神社の跡地には、遥拝(ようはい)所があります。
河内長野のおでかけ・散歩記事

【河内長野市】新しい散歩の楽しみ方を開眼!滝畑にあった発電所・瀧幹の名残が残る電柱巡りに同行しました

電柱を追いかけながらのウォーキングというのはなかなか面白く、新しい散歩の楽しみ方ということで、その様子を紹介したいと思います。電柱や電信柱を追いかけながらの散歩道。いつか散歩する機会があれば、電柱に足を止めて確認してみてはいかがでしょう。意外に楽しい散歩の仕方でした。
河内長野の歴史

【南河内郡千早赤阪村】役場の後ろに隠れるように鎮座する出合藤森戎神社とは?楠木正成との由来が。

まとめると楠木正成の夢枕に出てきたお告げから、生まれた故郷「山の井」の中にある下赤坂城の麓にある霊的な地とされた「藤ノ森」にえびす神を祀ったということです。それが現在も鎮座している出合藤森戎神社というわけですね。そんな歴史を振り返りながら大阪唯一の村にあるえびす神に手を合わせてみてはいかがでしょう。
河内長野の行事・イベント

【河内長野市】地道な活動と貢献を行う消防団の晴れ舞台!今年の出初式は11日に大師総合運動場で開催

行事などでも消防団などが出向いて事故が起きないように警戒している場合もあります。消防団は縁の下の力持ちのような地味だけどもとても重要な存在ですが、そんな消防団の晴れ舞台といえば出初式です。
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【大阪狭山市】金剛駅から狭山、三都、池之原、龍神社と初詣を取材しながら大阪狭山市駅まで歩いてみました

今回はバスを使わず、南海金剛駅から狭山、三都、池之原、龍神社と初詣の様子を取材しながら大阪狭山市駅まで歩いてみました。アバウトな数になりますが、総距離数は11キロ、歩数は1万5,000歩くらいでした。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町・太子町】おおっ、3日まで目の前で護摩焚き&法話も!元日初詣の様子を取材してみました

昨日から2026(令和8)年がスタートしました。年の初めの3日間は三が日ということで神社仏閣への初詣が行われます。ということで、昨日(元日)は河南町の北側と太子町で初詣の様子を取材しました。
河内長野の歴史

【河内長野市】なんと神社で除夜の鐘を撞く!神仏習合の名残、2026年の干支・午に繋がる住吉神社の初詣

「なんと神社で除夜の鐘を撞く!」と一瞬驚きますが、結論から言えば、これは神仏習合の名残です。江戸時代までは神社境内の中に神宮寺、あるいは寺の境内に神社があることが別に普通だったのですが、明治時代の廃仏毀釈で仏教系寺院の多くが廃寺となったことは、南河内地域の神社仏閣を歩いているとその足跡がいくらでも見られます。別の日に住吉神社に参拝した時に撮影しましたが、境内に鐘楼が残っていました。
河内長野のおでかけ・散歩記事

【河内長野市】観心寺除夜の鐘&初詣の予定は?かつての領地、観心寺七郷の小深から鳩原まで歩くと何がある

河内長野の除夜の鐘&初詣スポットといえば天野山金剛寺や延命寺なども含め数多くあります。しかし、観心寺も忘れてはいけません。「PR」「PR」観心寺の公式ページ(外部リンク)によると、観心寺の年末年始の行事は次のようになっています。12月31日...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】気軽に寺に来て、そしてもっと太子町を知って!日本最古級の尼寺、西方院院主の思い

南河内郡太子町には、聖徳太子御廟をはじめ、4つの天皇陵、日本最古の国道(官道)の竹内街道、万葉集にも出てくる二上山、二上山中腹にある日本唯一の大陸風岩窟寺院の岩屋など、たくさん見どころが多い場所。ところが残念なことに、大阪府の自治体の中でも...
インタビュー記事

【河内長野市】動けない人も移動機会を!PASは元消防長3人らが民間救急車を利用した移動支援を実施

大阪でも非常に珍しいという認証NPO法人PASさん。消防長を務めた3人の方が、第二の働きの場というべきPASさんでいきいきと働き、高齢者のお役に立てたい、もっと多くの人に知って欲しいという思いが伝わる取材でした。
奥河内とその周辺エリアの季節の見どころ

【河内長野市、大阪狭山市、南河内郡】2026年、地域ライターが初日の出スポットをどこよりも詳しく紹介

今年もあとわずかとなりました。奥河内とその周辺地域(河内長野市、富田林市、大阪狭山市、南河内郡)で定番から穴場、さらには今年の最後「大みそかの日の入り」のスポットを唯一無二の地域ライターがどこよりも詳しく紹介しましょう。
唯一無二の地域ライターがイチオシの南河内郡グルメ

【南河内郡太子町】店主夫妻のホスピタリティの良さが地元に愛される理由!太子町役場すぐの食堂ふくべ

これを書くと太子町の人にお叱りを受けるかもしれません。私が公共交通派という事情があるからかもしれませんが、河内長野に住んでいる者として、南河内郡太子町に行くとなんとなくショートトリップをしているような感覚になります。「PR」「PR」そのよう...
インタビュー記事

【南河内郡河南町】訪問理容をもっと知って欲しい。カットショップ・ナカが目指す出張福祉理容のあり方

河南町中という地域は、かつて中村と呼ばれたところで、明治時代までは中村神社が村の中心にありました。その中村神社が建水分神社に合祀された後も、村の中心部として、近隣に生活に必要な店舗が集まっていたそうです。「PR」「PR」しかし車社会となった...
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【大阪狭山市】ここに観音菩薩!西除川沿いに入口があり、迷路のような通路の奥に鎮座している幸久観音とは

狭山池方面から河内長野方面に向けて、西除川沿いを歩いていたときのこと。せせらぎ橋の近くに「幸久(きく)観音入口」という名前です。奥に観音菩薩を安置しているようです。
河内長野の歴史

【河内長野市】クリスマスだから考えた!昔のキリシタンではなく今のキリスト教会につながる伝道師と学校

河内長野とキリスト教の接点を考えた場合、多くは戦国時代にフランシスコ・ザビエルが伝えたキリスト教が河内一帯で広がった話になります。開国後の明治時代になると再びキリスト教が日本に入り、その時の伝道成果が今も続いています。そこで今年のクリスマスは、明治以降に入ってきたキリスト教と河内長野との関わりについて確認していこうと思います。
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【南河内郡太子町】途中で美味しいコロッケも!六枚橋東交差点から上ノ太子駅まで竹内街道を歩いてみました

竹内街道については六枚橋から道の駅近つ飛鳥までを紹介しました。しかし、竹内街道は堺から松原、羽曳野を経由して太子町まで続いている道。そして太子町内でも六枚橋までの道沿いにも歴史を感じたり、美味しいコロッケを販売しているお店があります。ということで、今回は六枚橋東交差点から近鉄上ノ太子駅まで、竹内街道沿いを歩いてみました。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡千早赤阪村】え?道の駅だけ周りと地名が違う!二河原辺を歩きながら地名の由来を調べてみた

二河原辺を地図で検索すると、赤で囲った地域が該当します。細長い地形で一部飛び地になっているところがありますが、飛び地は山の中です。あの道の駅ちはやあかさかの住所が二河原辺だという事実で、周りの施設は水分です