歴史記事

河内長野の歴史

【河内長野市】河内長野駅近くに点在する地蔵盆に行きました。古野・本町・菊水町編 2026年地蔵盆④

シリーズで紹介している河内長野の地蔵盆シリーズ。3回目は河内長野駅の近く、古野と長野に残る地蔵堂を回った内容です。東高野街道との結節点直前の割坂にある地蔵堂まず西高野街道です。以前記事にした古野行者堂がある明治新道には、地蔵堂が無いのです。...
南河内北部の歴史

【藤井寺市】手作り市や古道具市が行われる辛國神社の由来や祭神、春日大社との接点。さらにすぐ近くにある葛井寺との関係は?

藤井寺といえば世界遺産の古墳と自治体の名前の由来となった葛井寺が有名ですが、もうひとつ忘れていけないのが、辛國神社です。入口の鳥居からの境内が長いこともあり、縁日などのイベントにも使われています。次の9月13日日曜日にも「からくに手作り市W...
南河内北部の歴史

【藤井寺市】これも古墳?住宅の裏庭にある衣縫塚古墳は、天皇陵のそばで豪族の名前が!歴史的な背景を探ってみると

今さら言うことではないかもしれませんが、世界遺産に選ばれるには、世界中の人が「すごい!」と思う歴史遺産があるからというのは当然のことでしょう。今回、2019年に世界遺産に選ばれた百舌鳥・古市古墳群の中で、「これぞ世界遺産!」という事例のひと...
河内長野の歴史

【河内長野市】千早口駅近くの御所の辻、昔はジャンクションでした。その御所の意味とは?

大きくて立派な家のことを屋敷と言いますが、その屋敷に天皇が住むと「御所」になります。皇居・吹上御苑にある御所や京都御所などが有名ですね。そんな御所を名乗ったところが、なんと河内長野にあります!天野山金剛寺や観心寺は、南北朝時代に主に南朝側の...
南河内北部の歴史

【藤井寺市】古墳だけじゃない!遣唐使や河陽鉄道、旧藤井寺球場の歴史も見られるアイセルシュラホールの濃密な展示(後編)

長くなりましたので分けました。前半は下のリンクからご覧ください。ここからは後編です。アイセルシュラホールの展示は古墳時代だけではありません。「PR」奈良時代の展示として、井真成(いのまなり)墓誌展示コーナーがあります。井真成についてもっと詳...
河内長野の歴史

【河内長野市】標高439メートルの集落で行われる地蔵盆 石見川の地蔵盆・逆修講の活動の様子を取材 2026年地蔵盆②

地蔵盆シリーズの第二弾です。今回は山深い河内長野でも秘境とされる、大和五條との境目にある石見川で行われている地蔵盆を取り上げます。かつては石見川までバスがありましたが、現在は小深バス停から1時間強の道のりを上る必要があるため、なかなか石見川...
河内長野の歴史

【河内長野市】古野行者講に残る行者まつりに2年越しの体験取材!夏の時期に行う意外な理由とは

河内長野は中世南北朝期の楠木正成、古代平安初期の空海に関する足跡が数多く見られますが、もうひとつ忘れてはいけないのは飛鳥時代で修験道を開いたとされる役小角(えんのおづぬ、おづの:以下、役行者:えんのぎょうじゃ)に関する足跡です。背景には南河...
河内長野の歴史

【河内長野市】専門家と回った2026年の地蔵盆① 町内会参加希望者も現れた今も盛んな喜多町大日寺

この時期、各町内会や地域で行われているのが地蔵盆です。同じく地域単位で開催される盆踊りと似ていますが、盆踊りは比較的広い範囲から人が集まり、町内会以外の人が参加することも珍しくありません。一方、地蔵盆は地域住民を中心に受け継がれてきた行事で...
南河内北部の歴史

【羽曳野市】もうひとつのヤマトタケル伝説?白髪の天皇こと清寧天皇が眠る白髪山古墳は白鳥陵の南西、そして父の名は

古市古墳群には数多くの古墳がありますが、今回はその中のひとつ、天皇陵を紹介しましょう。羽曳野市西浦6丁目にあり、古墳群でも南西の端にあるのが清寧天皇(せいねいてんのう)陵こと白髪山古墳です。清寧天皇は生まれつき白髪だった第22代清寧天皇につ...
河内長野の歴史

【河内長野市】なぜこんなところに!長野ポンプ場敷地内にひっそりある大日寺古墳はいつ頃の遺跡?

南河内地域で古墳といえば、世界遺産のある羽曳野や隣接する富田林を連想するかもしれません。しかし、河内長野にも数は少なめですが古墳は存在しています。河内長野の歴史散策・街歩きに出かけよう!ランニングポーチ 軽量モデル スマホ メンズ レディー...
南河内北部の歴史

【松原市】なぜここだけこんなに広いの?セブンパーク天美の横にひっそりと佇む「誕生の碑」に書かれているもの

2026年の4月から新体制の南河内ニュースとなって、松原方面にも行く機会が増えてきました。特にセブンパーク天美には、映画館があるのでお目当ての映画を見たいときに立ち寄ることが増えました。セブンパーク天美に行くには、河内天美駅から直通のバスが...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】歴史上の有力者を埋葬?町東部の巨大地区・平石にある平石古墳群のそばを歩いてみた

河南町の平石は、地図を見る限り小さな盆地のようになっている地区です。河南町の歴史を調べると、1956(昭和31)年に4つの村(石川村、白木村、河内村、中村)が合併してできたとあり、そのなかの旧白木村の中に平石が含まれています。そして1889...
南河内北部の歴史

【羽曳野市】実は奇跡の遺跡だった!藤井寺市境にある翠鳥園は二上山と関わり深い旧石器時代のアトリエモニュメント

羽曳野市と藤井寺市の市の境付近に、不思議な地名を見つけました。それは翠鳥園(すいちょうえん)です。古い由来があるのかと思い調べてみると意外にも新しく、昭和の宅地開発時に付けられた地名です。「翠鳥園」は、市のシンボルであり、東隣に位置する白鳥...
河内長野のおでかけ・散歩記事

【河内長野市】知る人ぞ知る名所!大人になってから訪ねる井上スダレさんの「すだれ博物館」と地場産業の魅力

“探す”から“届く”へ 開かなくても、ちゃんと毎日届く安心感。気づけば届いている、あなた専用の情報便、the Letter河内長野で地場産業と言えば爪楊枝(つまようじ:妻楊枝)が、真っ先に出てくると思いますが、忘れてはならないのはスダレ(簾...
南河内郡の行事・イベント

【南河内郡太子町】大阪で珍しい船形地車2台を含む5台が宮入り!7月25日、26日に山田地区科長神社の夏祭り

“探す”から“届く”へ 開かなくても、ちゃんと毎日届く安心感。気づけば届いている、あなた専用の情報便、the Letter  地車(だんじり)は南河内地域では祭りの定番ですが、そのほとんどは秋祭りで登場します。南河内で夏祭りと言えば主に盆踊...
南河内北部の歴史

【藤井寺市】驚きのコレクションの数々!日本唯一の天忠組専門私設記念館「天誅(忠)組記念館」の草村館長にお話を伺いました

“探す”から“届く”へ 開かなくても、ちゃんと毎日届く安心感。気づけば届いている、あなた専用の情報便、the Letter  本日は「海の日」の祝日。そして同時に、7月20日は「天忠組(天誅組)」河内勢の命日でもあります。激動の幕末、天忠組...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】聖徳太子御廟「叡福寺」のすぐ近くなので一緒に訪れたい、太子の父・用明天皇陵

“探す”から“届く”へ 開かなくても、ちゃんと毎日届く安心感。気づけば届いている、あなた専用の情報便、the Letter  例えば、自治体で新しく市が誕生した場合、先に同じ名前があると、頭に旧国名や都道府県名をつけて区別しますね。例えば長...
南河内北部の歴史

【松原市】南河内で初めての都!反正天皇丹比柴籬宮跡地に鎮座する柴籬神社。歯神様と歯磨き面も境内に

“探す”から“届く”へ 開かなくても、ちゃんと毎日届く安心感。気づけば届いている、あなた専用の情報便、the Letter南河内や堺市の北側には、世界遺産である百舌鳥古市古墳群があります。古墳群の中にある巨大古墳の数々の背景には、河内王朝と...
河内長野のおでかけ・散歩記事

【河内長野市】南海天見駅から15分!流谷八幡神社で2026年は12日日曜日!暑気払いと無病息災を願う湯立神事が行われます

“探す”から“届く”へ 開かなくても、ちゃんと毎日届く安心感。気づけば届いている、あなた専用の情報便、the Letter2026年は7月12日(日)10時から流谷の八幡神社で湯立神事が行われます。以下、過去八幡神社の湯立神事の様子を紹介し...
南河内北部の歴史

【藤井寺市】近鉄土師ノ里駅前で広場のように登れる!鍋塚古墳は、沢田の七ツ塚最後の生き残りだった

“探す”から“届く”へ 開かなくても、ちゃんと毎日届く安心感。気づけば届いている、あなた専用の情報便、the Letter  近鉄南大阪線の道明寺駅から藤井寺駅にかけては、古市古墳群の古墳の合間を縫うように線路が敷かれています。以前取り上げ...
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