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「富田林は寺内町しかない」といった話を昔、その地域の人から聞いたことがありますが、まったくそんなことはありません。6月28日にすばるホールで行われた河内にわかでは、幕末の天誅組河内勢が演じられますし、寺内町が形成された戦国時代よりもはるか昔から、この地域にはさまざまな史跡が残されています。
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南北朝時代の楠木氏の歴史もそうですが、それ以前の古代に築かれたと考えられる小さな古墳が富田林市内には数多くあります。
以前開催された 「大とんだばやし展」や今年開催された「ハニワ輝く古代富田林市のデザイン」といった展覧会からも、富田林が古代から発展し、多くの遺跡が残る地域であることがわかります。新堂廃寺もそのひとつですね。

さらに、これは2年前に行われた歴史セミナーですが、「紺口県主(こむくのあがたぬし)をテーマにした講座(外部リンク)がきらめきファクトリー2階で開催されました。紺口県主といわれても、歴史に詳しい人でなければなかなかピンと来ないかもしれません。
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(河内長野の大師山古墳と同じころの時代の話のようです)
紺口県主については、富田林市史(外部リンク)でも紹介されています。大化の改新以前には、地方行政の単位として「県(あがた)」があり、その支配者を「県主(あがたぬし)」と呼んでいました。
つまり人名ではなく、紺口という地域を治めていた支配者を指す名称のようです。
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チラシに使われているのは、龍泉寺境内にある咸古神社(こんくじんじゃ)です。
紺口県主ゆかりの咸古神社は、亀の井ホテル富田林のある嶽山(龍泉寺山)の中腹にあります。しかし、どうしても隣接する龍泉寺のほうに注目が集まりがちです。咸古神社が龍泉寺の境内にあり、神仏習合時代の名残があるため、目立ちにくいのかもしれません。。
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龍泉寺へのアクセスは、近鉄富田林駅から金剛ふるさとバスに乗り、「竜泉」または「蒲(がま)」バス停で下車して山を登る必要があります。日帰り入浴やレストランを利用すれば、亀の井ホテル側から下って訪れることも可能です。車の場合は、中腹の龍泉寺入口付近に駐車場があります。
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(立派な仁王門をくぐると、その奥に龍泉寺本堂が見えてきます)
龍泉寺は、かつて山に住んでいた悪い龍を蘇我馬子が追い出して創建したと伝えられています。しかし、咸古神社のもととなった社は、それよりも古くから存在していました。そこは、地域を支配していた紺口県主が祖先を祀ったとされる社でした。
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これはあくまで仮説ですが、もしかすると「悪い龍」とは物部氏を象徴しているのかもしれません。馬子による龍退治の伝承は、旧勢力である物部氏の排除を象徴する物語である可能性も考えられます。
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かつての支配者であった紺口県主の社の隣に、蘇我氏が大陸から伝来した仏教寺院である龍泉寺を建立したという構図は、新体制による支配の正当化や信仰の転換を示す歴史の痕跡なのかもしれません。

龍泉寺境内の右手奥へ進むと、咸古神社の鳥居が見えてきます。
主祭神は神八井耳命(かんやいみみのみこと)で、初代神武天皇の皇子、そして第2代綏靖(すいぜい)天皇の兄とされています。神八井耳命の子孫には多氏(おおし)がおり、その流れの中に紺口県主の祖先が含まれていると伝えられています。そのため、紺口県主が古くから祖先神として祀っていたとされています。
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そして龍泉寺は、この古くからの社を鎮守社としたとのことです。
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さらに伝承によれば、馬子が創建した龍泉寺の池は、いつしか枯れてしまいます。
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(境内にある龍泉寺庭園は、空海の祈祷によって復活したと伝わります)
823(弘仁14)年、空海がこの地を訪れました。祈祷によって雨が降り、池が復活すると、池の中に3つの小島が現れます。そこで空海はそれぞれの島に小さな社を建て、聖天・弁才天・叱天を祀ったと伝えられています。

さらに鎮守社である咸古神社には牛頭天王を祀り、この時期を神社の創建(平安初期)としています。
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咸古神社です。紫がかった赤色の屋根を持つ社殿が見えてきました。
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馬子が建立し、空海が再興した龍泉寺ですが、中世になると楠木正成による嶽山城築城の影響もあり、南北朝時代から戦国時代にかけて戦火に巻き込まれ、荒廃してしまいます。

その後、江戸時代に龍泉寺とともに社殿(拝殿)が再建されたと伝えられています。『河内名所図会』にも咸古神社は登場します。そして明治時代の神仏分離によって、龍泉寺から独立した神社となりました。
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ということで、咸古神社を紹介しました。河南町の寛弘寺古墳公園なども含め、この地域には古代から続く歴史があり、その痕跡が今も残されていることを改めて感じました。
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咸古神社
住所:大阪府富田林市竜泉886
アクセス:近鉄富田林駅からバス 竜泉または蒲バス停から徒歩20分程度
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この記事を書いた人
奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。
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