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近鉄南大阪線の道明寺駅から藤井寺駅にかけては、古市古墳群の古墳の合間を縫うように線路が敷かれています。以前取り上げた澤田八幡神社の境内を鉄道の線路が通っているのも、それを避けるための方法でした。

そして、道明寺駅と藤井寺駅の間にある土師ノ里駅も、古墳が集まっている中にある駅のひとつです。
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古墳時代の豪族、土師氏(はじし)由来の駅名だけあって、すぐ近くに古墳がありますが、目の前の古墳は駅前広場のように自由に中に入れるだけでなく、頂上にも行けるようになっていました。
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古墳の名前は鍋塚古墳で、住所は藤井寺市沢田にあります。古市古墳群に属していて、国の史跡にも指定されています。

天皇陵だと立ち入りが禁止されていますが、そうでは無い古墳の場合は、整備されていたら中に入れます。
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すぐ近くには、仲姫命陵(応神天皇の皇后)の仲津山古墳があり、鍋塚古墳は仲津山古墳の陪塚(ばいづか:大型古墳の周囲に作られた小さな古墳)です。
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説明板があります。一辺が40メートル前後で高さが7メートルほどの方墳ということで、かつて周囲に濠があった可能性も指摘されています。4世紀末葉(よんせいきまつよう:西暦370年〜400年ごろ)に築造されたとのことなので、今から約1650年前にできたことになります。
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藤井寺市の公式ページによれば、発掘調査が行われていないそうです。そのため埋葬施設や副葬品などについては不明です。ただ円筒埴輪列や墳丘斜面に石を葺いた葺石の存在はわかっていて、また墳丘の表面で形象埴輪の破片も見つかっているそうです。
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さらに興味深い内容があります。それによるとかつて鍋塚古墳のある沢田の地には、「沢田の七ツ塚」と呼ばれる中小の古墳がいくつも存在していました。ところが、戦後になり宅地開発の工事が進んだため、それらの小さな古墳は姿を消していきます。

沢田の七つ塚で残ったのは鍋塚古墳だけで、そのままなら鍋塚古墳も消滅していた可能性がありました。ところが1956(昭和31)年に国の史跡に指定されたため、宅地化で壊されることなく古墳が現在まで残りました。
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藤井寺市の『国史跡古市古墳群保存活用計画』策定によれば、鍋塚古墳が土師ノ里の駅のすぐ近くにあることから、2012(平成24)年度に、墳丘に保護盛土を施し、樹木の整理、植栽等の仮整備を実施したとあります。
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また自由に立ち入れる古墳として、学校教育、生涯学習、地域における活用を考えているそうです。

というわけで、私も墳丘に上がってみました。
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土師ノ里駅をはじめ、周囲の景色が一目でわかります。
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ということで鍋塚古墳を紹介しました。仲姫命陵や各天皇陵のように宮内庁が管理している古墳は拝所で拝むことしかできず、古墳内に入れませんが、そうでない古墳の場合は整備されて上がれることがあります。
古墳の上からの絶景は「古墳の町に来たんだ」という気持ちになります。駅から近いのも良いですね。
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鍋塚古墳
住所:大阪府藤井寺市沢田4丁目5
アクセス:近鉄土師ノ里駅から徒歩2分
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奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。
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