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河内長野で地場産業と言えば爪楊枝(つまようじ:妻楊枝)が、真っ先に出てくると思いますが、忘れてはならないのはスダレ(簾)です。
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南河内の地場産業

(富田林駅近くにある杉多製簾)
この地域で作られるスダレは大阪金剛簾(おおさかこんごうすだれ)と呼びます。河内長野だけでなく富田林にも生産業者がいます。

そのため、河内長野の地場産業というより南河内の地場産業と呼んだ方がしっくりくるかもしれません。

すだれと言えば、画像のように日差しを避ける役目がありますが、

お店のしきりにスダレを使用する場合もあります。

さて、以前から気になっていた天野町の「すだれ資料館」。河内長野で生まれ育った人にとっての「つまようじ資料館」のように、市内の小学生が見学に訪れる定番スポットです。ちなみに小学3年生がつまようじ資料館、4年生がすだれ資料館を見学するそうです。
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しかし、外部から引っ越してきた私には、これまで行く機会がありませんでした。

しかし、今年に入ってからご縁があり、まず、つまようじ資料館を見学することができました。
さらに、長野高校の取り組みを通じて、今度はすだれ資料館の営業担当の方とも接点を持つことができたのです。
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すだれ資料館に行ってきました

営業担当の方とお会いしたのは春頃だったので、「訪問するのは梅雨が明けて夏になってからのほうがいいだろう」と考えていました。
しかし、ある出来事をきっかけに話がとんとん拍子で進むことに。なんと営業担当の方とは別のルートを通じて、ついに「すだれ博物館」へ訪問する機会を得ることができたのです。
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ということで先日天野山バス停で降りました。いつもなら画面に写っている門をくぐって天野山金剛寺に行くパターンです。
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しかし、今回は違います。天野山金剛寺ではなくすだれ資料館のほうに向かいます。

すだれ資料館は、井上スダレ株式会社が運営しています。井上義弘代表取締役社長と資料館を案内してくださった、企画・営業部課長の増井良輔さんにご挨拶した後、会社の概要を伺いました。

改めて大阪金剛簾についておさらいすると、大阪府南東部の金剛山麓、主に富田林市や河内長野市周辺で生産される伝統的工芸品。原材料には金剛山系周辺で育つ良質な真竹などが用いられます。

大阪金剛簾は、江戸時代前期の明暦元年(1655年)頃に生産がはじめられたと伝えられています。
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竹の節を美しく揃える「節揃え」や、色竹を用いて文様を編み込む高度な技術が特徴で、神社仏閣の御簾(みす)や茶室、高級料亭などで用いられています。
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通風性と遮光性を兼ね備え、天然竹ならではの上品な風合いが魅力です。1996年(平成8年)に国の伝統的工芸品に指定されました。

入口に御簾(みす)がありました。現在、御簾は神社で使われることが多いとのこと。

これは河南町にある壱須何神社ですが、確かに拝殿や本殿との境目に御簾があります。

最初のあいさつ文です。これによると大阪金剛簾の伝統的な技法が継承されているものの、後継者不足や生産拠点が海外に移転することで産業として衰退しつつあり、活力を失っているのが現状とのこと。
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資料館設立の目的としてスダレの歴史を正確に記録し、技術を伝えることを使命として多くの人々にスダレの理解や活用をしていただくことで、地場産業の活性化や人材育成の貢献につながると考えているそうです。

中には撮影禁止のものもあるのでご注意ください。なお今回は井上スダレさんの許可を頂いて撮影させていただいています。
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こちらが昔からのスダレ作りの技法です。菰桁(こもげた)を用いて竹や木を糸で編むようにして作るのが基本ですね。

菰桁を拡大しました。機械化が始まるまではこの方法で手作業でスダレを編んでいたそうです。

スダレのことがすべてわかるように多くの説明板があります。こちらは起源についての紹介です。説明板によると、起源は縄文時代にさかのぼり、正倉院の経典を包装するのにもスダレを編む技法に近いものがあるとのこと。

そして平安時代では、絵巻物にもスダレが登場していきます。
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説明板だけでなく、貴重な資料も展示してあります。

中世のころにはスダレ職人が誕生し、やがて販売や京都への移出を担うために「奈良座」という組織が作られました。
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また、戦国時代には茶の湯文化の発展とともに、スダレも茶室や数寄屋建築の中で重要な役割を果たすようになったことが記されています。

スダレの原材料でもある竹の紹介もありました。孟宗竹(もうそうちく)とか名前は聞いたことがあっても、こうやって竹同士を比較するとこんなにも違うんだと一目でわかりますね。

ちなみに南河内では竹とは別に木でスダレを作っていたそうで、科の木(シナノキ)を原料に用いていたそうです。後で調べたところ遮光性に優れている素材とのこと。増井さんによれば、河内長野は木を使い、富田林は竹を使っていたとも。

こちらは機械が誕生する前にスダレを作るのに使っていた道具です。
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伝統的な作り方のパネル紹介です。昔はこうやってすべて手作業で作っていたんですね。
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そして近代以降の紹介です。

赤で書いている部分は特に重要で、例えば明治10年ごろには富田林の新堂から京都の伏見に見習いに出かけて京すだれの技術を取得、あるいは伏見の職人を雇ったなどの説を紹介しています。
また同時に楊枝(つまようじ)の歴史についても同じ地場産業ということで赤字で強調しています。

明治の終わりごろには富田林の竹かご業者、河内長野のつまようじ業者がスダレ業者に代わったこと。大正時代には生産性が10倍に膨れ上がった三好式製簾機の特許登録や木製品スダレ製造機のことなどが書かれています。

こちらは竹を実際にスダレ用に細くするための機械です。
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さらに細かく裁断し、棒状になっています。
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これはすだれ用の細い竹や木を穴に通すことで、太さを揃えて(滑らかに)仕上げる機械で、削りくずが外に出ています。

道具の機械化についての説明です。手作業の時代から大幅に生産性が上がったということです。
今風に言ってみれば、従来の作業がAIによって作業が楽になったということに近い技術革命なのかもしれません。

機械にもネーミングがあります。

竹を細かく裁断する機械なのでカッターという名前が付いています。

こちらは竹を編むための機械、最初に見た菰桁を使わなくても機械で編めるようになったわけですね
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三好式編み機で特許を取った機械です。こちらは仲谷氏寄贈とのこと。

現代のスダレについての紹介です。
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色や素材も多様化しているのがわかります。

さまざまな用途でスダレが使われています。増井さんによれば1970年の万博がきっかけで日本のインテリアに対する考え、産業として事実上スタートした感があるということでした。

そういった中で、スダレも従来の使い方だけでなく、インテリアとしての需要の可能性が出て来た話をされていました。そして今では海外からも注目を集めているそうです。

さて、日本以外のスダレの紹介もあります。こちらは韓国のスダレです。

そして、中国のスダレは編む前に色を付けるそうです。
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さらに中央アジアのキルギスにもスダレ文化があるそうで、キルギスのスダレが展示してありました。ついでに調べるとベトナムやインドネシアなどでもスダレに近いものがあるようです。
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こちらは小萩を使ったスダレです。

そしてこちらは伊予簾です。調べると伊予国(現在の愛媛県)の上浮穴郡(かみうけなぐん)露峰周辺で採れる篠竹(しのだけ)で編まれた高級なスダレです。

さらに弥勒葭(みろくよし:琵琶湖畔で採れる、非常に細く希少価値の高い最高品質のヨシ)をつかったスダレがあります。

こちらの画像は、以前琵琶湖に隣接する西の湖で見かけた弥勒葭です。館内には、このように大変貴重な資料や展示物が数多く並んでいました。
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その他にも様々なスダレが展示してありました

また、駕籠(かご)にもすだれが使われていたという紹介もありました。

念願だったすだれ資料館は、本当にスダレについての詳しい情報が紹介されており、とても感動しました。 地元で生まれ育った子どもたちは小学生のときに見学へ訪れるそうですが、大人になってからはなかなかその機会がありません。
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今回訪問させていただいたことで、この地域には本当に素晴らしい地場産業があるのだと改めて知る良いきっかけとなりました。
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井上スダレさんのショールールも拝見させていただきました。

すだれ資料館の後、道路を渡った反対側にあるショールームも見学させていただきました。

簾館と書いてあります。

中の様子です。資料館と違い現代風ですね。
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ここは、井上スダレさんが現在製造して納品しているスダレを主に展示しています。

さまざまな色のスダレがあります。

従来のスダレは最後まで下すか、いちばん上までしかなかったものを

ブラインド式にすることで自由な位置にスダレを下げることができます。
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そして和洋折衷で使えるスダレのデザインを意識しています。
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また井上スダレさんはすだれ以外の事業をも手掛けています。井上社長から聞いた話では意図的に多角化経営をしたというよりも、たまたま新しいビジネスにつながって言ったとのこと先々代(5代目当主)の頃からの動きだったそうです。
もちろんスダレの生産は残していきたいとのこと。

こちらは継手です。河内鋳物の技術を取り入れた商品も製造販売しているそうです。

河内長野はつまようじ以上に本来は鋳物が地場産業だと思っているというある企業の社長が言われていましたが、確かに鋳物産業も盛んですね。

継手の具体的なことを説明していただきました。

そして、こちらは新しい素材です。最初に長野高校で営業担当の方と知り合う前に拝見した新しい素材。再生紙が原料でコンクリートの代わりにもなるそうです。
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とても丈夫で硬い素材でスポーツ分野でも重宝しているそうです。
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つまようじ資料館がある広栄社さんもそうですが、つまようじやスダレといった単一だけでなくいろいろな分野も手掛けながら、伝統文化を残して行こうというスタンスは近い気がしました。

ということで、井上スダレさんのすだれ博物館とショールームを拝見いたしました。
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観光案内所のモックルステーションにもスダレがあるように、つまようじに加え、スダレも河内長野の地場産業として、しっかりと見ておくことの大切さを感じました

すだれ資料館(井上スダレ株式会社)
住所:大阪府河内長野市天野町1014-1
アクセス:天野山バス停からすぐ
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この記事を書いた人
奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。
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