歴史記事

大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】かつて神社が存在した場所に残る白木神社遥拝所。その先には今鎮座する大阪唯一の村に

合祀後の元神社のその後ですが、地元の要望で復社するか、政府の方針を無視して地元でひそかに祀る、あるいは跡地として残る、もしくは完全に消滅するパターンが多いようです。しかし、白木神社の跡地には、遥拝(ようはい)所があります。
河内長野の歴史

【南河内郡千早赤阪村】役場の後ろに隠れるように鎮座する出合藤森戎神社とは?楠木正成との由来が。

まとめると楠木正成の夢枕に出てきたお告げから、生まれた故郷「山の井」の中にある下赤坂城の麓にある霊的な地とされた「藤ノ森」にえびす神を祀ったということです。それが現在も鎮座している出合藤森戎神社というわけですね。そんな歴史を振り返りながら大阪唯一の村にあるえびす神に手を合わせてみてはいかがでしょう。
河内長野の歴史

【河内長野市】烏帽子形八幡神社のえびす祭だけなぜ7日?その理由を探りつつ、昨日の宵宮の様子を見ました(2023年1月7日アーカイブ)

2026年1月6日が宵恵比須で15:00~19:00まで、1月7日の本恵比須は10:00~15:00までおぜんざいの接待があります。さらに1月7日15:00から餅まきが行われるとのこと。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町・太子町】おおっ、3日まで目の前で護摩焚き&法話も!元日初詣の様子を取材してみました

昨日から2026(令和8)年がスタートしました。年の初めの3日間は三が日ということで神社仏閣への初詣が行われます。ということで、昨日(元日)は河南町の北側と太子町で初詣の様子を取材しました。
河内長野の歴史

【河内長野市】なんと神社で除夜の鐘を撞く!神仏習合の名残、2026年の干支・午に繋がる住吉神社の初詣

「なんと神社で除夜の鐘を撞く!」と一瞬驚きますが、結論から言えば、これは神仏習合の名残です。江戸時代までは神社境内の中に神宮寺、あるいは寺の境内に神社があることが別に普通だったのですが、明治時代の廃仏毀釈で仏教系寺院の多くが廃寺となったことは、南河内地域の神社仏閣を歩いているとその足跡がいくらでも見られます。別の日に住吉神社に参拝した時に撮影しましたが、境内に鐘楼が残っていました。
富田林の歴史

【富田林市】意外に知らない?美具久留御魂神社の神様や由緒、そして意外過ぎるトリビアの数々を紹介します(2021年10月7日アーカイブ)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです秋祭りシーズン真っ只中。今年はお祭りが中止や縮小の所が多く、少し寂しい年になりましたね。お祭り以外でも、願掛けをしたい時、初詣や厄払い、七五三など、なにかと近所の神社におまいりして神頼みをしてい...
富田林の歴史

【富田林市】瀧谷不動明王寺の鐘はどんなもの?年越し前に撞いてみました。近鉄長野線の新年終夜運転も確認(2022年12月31日アーカイブ記事)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです ただし近鉄の終夜運転の時刻表については現在のもの(2025年12月31日から2026年1月1日)に入れ替えています。いよいよ今年もあと1日。毎朝6時前後に記事を投稿していますので、厳密に言えば...
富田林の歴史

【富田林市】全国で4番目の大きさ、重さ12トンの鐘から鳴り響く除夜の鐘は圧巻!大阪唯一の木造五重塔の願昭寺(2021年12月31日アーカイブ) 

朱色の美しい五重塔のそばに来ました。建立は2011(平成23)年と、10年ほど前のこと。そして特筆すべきは木造で建てられており、それは大阪府内で唯一とのことでした。塔の高さ37mあり、これは全国10位。
富田林の歴史

【富田林市】五六七大明神は「コロナ」とは呼びません。寺内町のそばに点在する難解地名「毛人谷」の名残、旧田中家住宅の近く(オリジナル)

元々は寺内町に接する位置まで毛人谷という地名だったために、寺内町の近くを歩いていると画像のように毛人谷の名前が付いた建物がいくつか見られます。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】気軽に寺に来て、そしてもっと太子町を知って!日本最古級の尼寺、西方院院主の思い

南河内郡太子町には、聖徳太子御廟をはじめ、4つの天皇陵、日本最古の国道(官道)の竹内街道、万葉集にも出てくる二上山、二上山中腹にある日本唯一の大陸風岩窟寺院の岩屋など、たくさん見どころが多い場所。ところが残念なことに、大阪府の自治体の中でも...
富田林の歴史

【富田林市】悲報!サウナマニアも認めるブック&スパ うぐいすが今月末で閉店してしまいます!!(2022年5月29日アーカイブ)

2022年は富田林の外湯が相次いで閉店。3月末で葛城温泉が閉店した2か月後に、「ブック&スパうぐいす(Book&Spa uguisu)」まで閉店してしまいました。
富田林の歴史

【富田林市】富田林市内に残る最後の公衆浴場「葛城温泉」が今月末で営業終了。意外な歴史を追いかけてみた(2022年3月15日アーカイブ)

施設の老朽化が深刻な状況という理由で2022年3月末で営業終了した「葛城温泉」の歴史について調べてみた
河内長野の歴史

【河内長野市】クリスマスだから考えた!昔のキリシタンではなく今のキリスト教会につながる伝道師と学校

河内長野とキリスト教の接点を考えた場合、多くは戦国時代にフランシスコ・ザビエルが伝えたキリスト教が河内一帯で広がった話になります。開国後の明治時代になると再びキリスト教が日本に入り、その時の伝道成果が今も続いています。そこで今年のクリスマスは、明治以降に入ってきたキリスト教と河内長野との関わりについて確認していこうと思います。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡千早赤阪村】え?道の駅だけ周りと地名が違う!二河原辺を歩きながら地名の由来を調べてみた

二河原辺を地図で検索すると、赤で囲った地域が該当します。細長い地形で一部飛び地になっているところがありますが、飛び地は山の中です。あの道の駅ちはやあかさかの住所が二河原辺だという事実で、周りの施設は水分です
河内長野の歴史

【河内長野市】大阪府と地域住民がタッグを組んで完成させた事業!小山田の果樹園の間の道にある道普請の碑

平成15年度より3年に亘(わた)って、小山田自治会と富田林土木事務所との府民協働で改修された道路とのこと。府民協働とは、共通の目的のために府(行政)と府民が一緒に考えて対等な立場で認識、尊重しながら行動することです。
富田林の歴史

【富田林市】錦ヶ丘にある教会の24日クリスマス礼拝は信者以外も参加可能。教会堂がすばるホールと同じ設計者!(2021年12月23日アーカイブ)

富田林だけでなく、河内長野、河南町、太子町など、南河内地域に多数の教会を作ったとのこと。ヘール宣教師はその後、和歌山・三重と向かい、驚いたことに伊勢神宮のすぐ近くにも山田教会を立てました。
河内長野の歴史

【河内長野市】盛松寺本堂がまるで食品工場!21日に数量限定配布される恒例ゆず味噌づくりを見てきました(2022年12月20日 アーカイブ) 

ところで、河内長野の冬至と言えば、やはり楠町にある盛松寺のゆず味噌ではないでしょうか?空海が直伝したというゆず味噌づくりは、配布される21日の2日前、昨日19日に仕込みが行われました。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】日本で唯一の大陸風石窟寺院跡が二上山中腹に!岩屋と石切場跡は火山活動の結果で

二上山が太古の火山活動の結果、山の中に多くの凝灰岩があったために、古墳の石棺や石室に利用される石切り場がありました。それを活用して作られた岩窟寺院跡の存在、二上山の中腹には、二上山ならではの歴史の形跡が数多く残っています。
河内長野の歴史

【河内長野市】河内長野駅近く、電車から見える個性的住宅群の正体は?敷地内にある谷川遊歩道の秘密も紹介(2022年1月21日 アーカイブ)

河内長野駅は言わずと知れた、南海と近鉄のターミナル駅ですが、どちらの電車に乗っても駅に到着する直前に、いつも気になる建物が見えます。それは個性的なデザインをした集合住宅群。3棟のマンションを中心とした住宅群は、周辺の住宅と比べて建物が高いためか、石川を挟んだ富田林の嬉地区からも非常に目立つように見えます。
河内長野の歴史

【河内長野市】バス停の前に知る人ぞ知る歴史の痕跡!日野への安全な道を作ったことを記録する高向村難道碑

高向から日野、滝畑に向かう途中は山の中を道が続いていて、日野・滝畑コミュニティバスからもその様子が見られます。「PR」「PR」その中に「汐滝橋」というバス停があります。これは古保バス停と中日野バス停の間にあります。クリスマス お菓子 詰め合...