歴史記事

大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】大化の改新の時に即位し、初めて大阪に都を造営した孝德天皇が眠る山田上ノ山古墳

太子町には磯長谷古墳群(しながだにこふんぐん)と呼ばれる、聖徳太子をはじめ複数の天皇陵や小野妹子の墓などがあります。そんな中、竹内街道沿いに古墳への入口があるのが孝德(こうとく)天皇陵こと山田上ノ山古墳です。
河内長野の歴史

【河内長野市】破片のように散らばる河内長野市木戸町の謎。その理由は?現在の町の様子も探ってみた!(2022年2月26日 アーカイブ)

都道府県や市町村の区画は、原則ひとつの塊として制定されますが、たまに「飛び地」と呼ばれるものが存在します。これは歴史的な経緯が複雑に絡んでいることが多いので、ある程度やむを得ない事情があります。しかし、飛び地どころか破片状になっている町が、河内長野市内にあることを知りました。その町の名前は木戸町(きどちょう)です。Yahoo!地図で「河内長野市木戸町」と入れると次のようになります。主に南海高野線千代田駅を中心とした区域で、寺ヶ池やいくつかの場所が反転していますね。これが木戸町で、まさしく破片のように散らばっています。
河内長野の歴史

【河内長野市】谷村新司さんの生誕地は河内長野!3歳まで過ごしたとされる長野温泉付近の今。(2023年10月18日アーカイブ)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものですある方からの情報によれば、全国自治体行政サービス改革度ランキング2023で河内長野市が全国1位なのだそうです。その上、昨年2022年度も1位とのことで、2年連続トップの座にいるとのこと。住んでい...
河内長野の歴史

【河内長野市】河内長野駅すぐのところに残る長野温泉のおもかげ。昭和レトロと台湾九份を感じる町並みが今も。(2021年12月16日アーカイブ)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです河内長野駅は、南海高野線と近鉄長野線があるターミナル駅。西出口には、駅前広場とノバティながのなどのビルが並んでいます。しかし、東出口から少し歩いただけで、全く違う昭和レトロな空気に包まれた場所が...
富田林の歴史

【富田林市】喜志駅が見えるバス停「大深」の深い意味!そして江戸時代の大坂繁栄に貢献した加賀屋の生家も(2025年2月23日アーカイブ記事)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです喜志駅の西側は近鉄バスですが、東側はかつては金剛バスで、今は「金剛ふるさとバス」という愛称のついているコミュニティバスが走っていますね。喜志駅の東口から最初のバス停は大深(おぶけ)ですが、駅が見...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】日本最古の官道、日本遺産・竹内街道。歴史に思いをはせ道の駅近つ飛鳥まで歩いてみた

私が河内長野に住んでいるために余計にそう感じるだけかもしれませんが、日本遺産といえば「中世に出逢うまち」「葛城修験」「女人高野」が思い浮かびます。しかし、南河内地域にはそれ以外に「竹内街道(竹ノ内街道)」(外部リンク)があります。(堺大小路...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡千早赤阪村】山城は面白い!12月14日の烏帽子形城無料講演&見学会を前に城郭サミットを紹介

千早赤阪村を中心に、南河内地域一帯は山城が多く築かれました。大坂(大阪)城のように立派な天守閣がある城ではなく、もっと簡易的な木造建築の山城でした。現在はその形跡だけが残っているのが現状で、それも専門家等の調査でしか見つけることができません...
富田林の歴史

【富田林市】映画や写真撮影に使われそうなムーディな路地も発見!寺内町に続く明治新道がおもしろい(2024年11月27日アーカイブ) 

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです今でこそ東西南北、どこからでも入れる寺内町ですが、江戸時代以前は外から町内に入らことのできる場所が限られていました。「PR」「PR」戦国時代に寺内町が作られた際、寺を中心とした自治都市として形成...
河内長野の歴史

【河内長野市】今日は初めての「いいつまようじの日」!河内長野が誇る地場産業記念日!爪楊枝の歴史と今後

歴史ある文化財があり、現代進行形でいろいろなことにチャレンジしている河内長野の産業といえば林業や農業のイメージがありますね。一方、ワークワクワク河内長野で紹介されているように、個性豊かな元気な企業も数多くあります。【ふるさと納税】純国産よう...
富田林の歴史

【富田林市】住宅地内の公園が実は古墳!羽曳野丘陵にある廿山北古墳から金剛山方面の絶景を眺めてみた。(2022年11月18日アーカイブ記事)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです古墳が多い富田林市ですが、羽曳野丘陵の東側、富田林の街並みや石川方面を見下ろす位置にも多くの古墳の痕跡が残っています。【半額クーポン対象】U.S. POLO ASSN. 別注 ロゴ刺繍 裏起毛 ...
富田林の歴史

【富田林市】富田林駅北側にある歯痛観音の謎。意外すぎる正体とビジュアルが生んだ歴史的伝承に迫る!(2022年1月26日アーカイブ記事)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです日々生活しているとどうしても体の不調を訴えてしまうことがあります。それには我慢できるものと我慢できないものがありますが、激しい歯痛は、我慢ができないものではないでしょうか?いったん痛み出すとつい...
河内長野の歴史

【河内長野市】驚きの技の数々!11月1~3日国宝特別公開がある天野山金剛寺で檜皮葺と茅葺技術を知る

1週間前、先週の土曜日のことですが、すばるホールで南河内地域の歴史上のヒーロー、楠木正成をテーマにした宅建協会の無料講演会がありました。この講演会では、「楠公さんを大河ドラマに」をコンセプトにしています。天野山金剛寺善本叢刊 第二期 第三巻...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡千早赤阪村】これが本物の村祭り!中津原の村衆が中津神社に地車と獅子舞、相撲を奉納

千早赤阪村は、「大阪唯一の村」というのがブランドのようになっていて、最近若い人が多く移住しているように感じます。そんな若者が集まる場所といえば、筆頭はなんといっても道の駅ちはやあかさかです。手作り感溢れる道の駅は可愛らしい道の駅として人気が...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡千早赤阪村】三つの自治体から地車がそろい踏み!南河内最大級、建水分神社御旅所の宮入

河内長野と狭山の秋祭りは終わりましたが、まだ富田林の一部や南河内郡の秋祭りはこれからで、この週末に行われます。(美具久留御魂神社の公式ーページに当日のスケジュールが紹介されています)例えば、喜志にある下水分こと美具久留御魂神社(みぐくるみた...
河内長野の歴史

【河内長野市】五穀豊穣をお祝い!2025秋祭り総まとめ。昼夜の地車、提灯行列に馬かけ、タイマツタテ

10月の前半、特にスポーツの日くらいまでの間、河内長野では地車をはじめ様々な秋祭りが行われます。スポーツの日の午前中、河内長野全体の秋祭りが前日に終わったのを確認するかのように、多くの田んぼで稲刈りが始まっていました。河内長野には田園地帯が...
富田林の歴史

【富田林市】10月19日日曜日に美具久留御魂神社境内で昔ながらの本格俄(にわか)が奉納されます(オリジナル)

喜志の宮こと美具久留御魂神社(みぐくるみたまじんじゃ)境内にて、今年も秋祭りで大型地車が宮入した後に、昔ながらの河内俄(にわか:仁輪加)奉納が行われます。俄を演じられるのは主に富田林市内の大型の地車(俄地車)で、地車の前方が小さな舞台になっ...
河内長野の歴史

【河内長野市】あの味園ユニバースでも披露された伊勢大神楽総舞。今年も小山田の住吉神社で17日に開催

小山田の住吉神社の秋祭りといえば、スポーツの日に行われる馬かけ神事が有名ですが、その1週間以内にもうひとつのお祭りが毎年行われています。それが伊勢大神楽総舞です。「PR」「PR」伊勢神宮のある三重県桑名市大字太夫にある増田神社が本拠地です。...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【大阪狭山市】さやか通りに地車囃子が鳴り響く!狭山神社からさやか公園まで、地車行列についていきました

連日河内長野の秋祭りの記事を紹介しましたが、いよいよこの土日に秋祭りの本番に突入しました。しかし、大阪狭山市でもこの土日は秋祭りで、他の南河内地域同様に地車の曳行が行われています。SNSを見ると、大阪狭山市の地車の青年団のSNSで祭り当日の...
富田林の歴史

【富田林市】2週連続でだんじりが楽しめるのはなぜ?第2週と第3週地区に分かれている理由を探ってみた(2022年10月9日アーカイブ記事)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです今年は富田林市内でも3年ぶりにだんじりが行われるということで、大いに盛り上がっていますね。昨日と今日は河内長野市全域と富田林市の一部の地域がだんじり祭りが行われています。「PR」「PR」河内長野...
河内長野の歴史

【河内長野市】まるで巨大な海苔巻き!長野神社で恒例の火祭り「タイマツタテ」大松明作りはこうする

毎年10月になると河内長野では他の地域にはない独自の秋祭りや神事が各地で行われ、今年もいくつか紹介してきました。その多くは河内長野駅からバスなどで移動しなければいけません。しかし、河内長野駅から徒歩すぐの所にある長野神社でも河内長野市指定文...