【南河内郡千早赤阪村】秋祭りの宮入の賑わいの中に隠れるように存在。パワースポット御旅所古墳と御旅所北古墳

大阪狭山と南河内郡の歴史

世界遺産である百舌鳥古市古墳群には、堺市と羽曳野市、藤井寺市を中心に多数の古墳があり、その一部が周辺の富田林市や河南町にまで広がっています。さすがに大阪唯一の村「千早赤阪村」まで来ると、古墳の数は激減するようです。



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(画像左の車の背後にあるのが御旅所古墳)

そんな大阪唯一の村の中にある古墳のひとつが、御旅所古墳と御旅所北古墳です。古墳の名前に「御旅所」と名前がついている理由は、ここが建水分神社の御旅所・比叡の前(ひえのまえ)がある場所だからです。ちなみに比叡の前は「へのま」や「へのまえ」とも呼ばれているようです。



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(画像の屋根があるところに御旅所北古墳がある)

では、建水分神社の御旅所がなぜ古墳のあるところなのかということですが、御旅所が設置される場所の特徴を確認するとその理由が見えてきました。

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1.神社の境外地や旧地(元々神社が鎮座していた)場所
2.神社の氏子が住む集落の中心部や開けた場所
3.聖なる場所

(秋祭りでは建水分神社の神輿が御旅所に鎮座し、地車が宮入する)

上記の中で「3.聖なる場所」が選ばれた理由のひとつで、古墳がある場所は確かに「聖なる場所」。千早赤阪村の他にも三重県伊賀市や愛知県春日井市にも御旅所古墳と呼ばれる古墳があります。また20台近くの地車が一斉に集結できる広い場所でもあることから「2.神社の氏子が住む集落の中心部や開けた場所」にも通じます。



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改めて古墳を見ていきましょう。こちらは御旅所北古墳になります。

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御旅所北古墳の特徴を書いた説明版があります。

今は石棺が露出していますが元々は円墳で、直径28メートルあるとのこと。南に開いた横穴式石室が内部にあったとのこと。同時に出土した土器から6世紀後半から末ごろに築造されたと考えられているそうです。



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横穴式石室は、左片袖式(ひだりかたそでしき:遺体を入れる部屋<玄室:げんしつ>と外部とをつなぐ通路<羨道:せんどう>が、奥から見て左側に寄っている構造)とされます。玄室の長さは3.8メートルで幅が2.2メートルあり、羨道の長さが5.5メートル、幅1.6メートルとのこと。

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玄室と羨道から、2基の凝灰岩製の組合式家形石棺(くみあいしきいえがたせきかん)が見つかったそうです。組合式家形石棺とは複数(通常6枚)の板石を組み合わせて箱型の「身」と呼ばれる部分を作り、屋根型の蓋を載せた石棺のことです。



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このスタイルは古墳時代後期(6世紀)を中心に流行ったのだそうです。畿内を中心に大豪族の古墳として使われたそうです。この古墳の具体的な埋葬者は誰なのか不明で、今だ特定されていないとのこと。なお副葬品は、玄室の奥の壁に集中して見つかったそうで、破砕した状況で土器が出土しました。

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御旅所北古墳から、御旅所古墳のほうを見ています。鳥居の右にある一段高い場所には秋祭りの時に神輿が鎮座します。

このコンクリートはよくわからないのですが、秋祭りの画像を見ると神輿の横にテントが設置されていて、その場所とほぼ一致します。秋祭りの時に使われるものと考えられます。



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神輿の御旅所を正面から見ました。秋祭りの時以外は神様はこの地には遷座されませんが、普段でも霊的な空間という感じがします。

一段高いところに神輿が置かれるようです。秋祭りに全ての地車が集結すると、順番に河内俄(にわか:簡易的な芝居)が奉納されます。年に一度神輿に乗ってこの地に遷座した氏神様が、各町や村の氏子たちが奉納するにわかを見られて満足されているのかと想像します。

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御旅所にはもうひとつ御旅所古墳があります。御旅所北古墳の南側に位置し、こちらは古墳らしい盛土になっています。訪問した時は冬場だったので椿の花が綺麗でした。御旅所北古墳の様に発掘はされていないようなので、具体的な情報はなく、代わりに祠などが祀られており、信仰の対象となっているようです。



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赤い屋根に囲まれた場所に祠があり、祀られています。

石ですが、赤い涎掛けがついていることから地蔵菩薩とも考えられますが、詳しくは不明です。

隣の古墳の上に石碑があり何か刻まれて祀られています。

下に明神という字が見えます。普通に読むと「おさん明神」になりますが、漢字を崩しているのかもしれません。



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白鷹龍王と読めます。白鷹龍王を調べると京都にある花脊(はなせ)の三本杉(外部リンク)が出てきて、背の高さが日本一で白鷹竜王の宿る御神木という情報が出てきます。関連性があるのかもしれません。

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説明版などが無いので、実際のところはよくわかりませんが、龍王は「水」と関係すると考えられ、「おさん」からは安産(女性や生命を意味)に意味の神様を指しているとも考えられます。



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(建水分神社拝殿)

また建水分神社は水の分配を司る水分神を祀っていますし、水分神と一緒に祀られている罔象女神 (みつはのめのかみ)も水の女神。さらに安産や子育てに関係する神様とされています。

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このことから建水分神社の御旅所に「龍王」「おさん」と刻まれた石碑が祀られているのと関係性を感じますし、御旅所の横にある「古墳」という神聖な場所で祀られていることも何ら不思議ではないと思いました。



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(百度石もある)

ということで、御旅所古墳と御旅所北古墳のある建水分神社の御旅所、比叡の前を訪問しました。秋祭りの時はとても多くの人が集まり、的屋さんなどの屋台も並ぶ大きな「村のお祭り」となりますが、普段は静かでひっそりとしています。お祭りの時にはとても余裕はありませんが、普段であれば古墳や御旅所、そして古墳の前に祀られている神々に手を合わせて歴史に思いを馳せることができました。

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御旅所古墳・御旅所北古墳(比叡の前)

住所:大阪府南河内郡千早赤阪村水分23-5
アクセス:森屋バス停から徒歩7、8分



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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

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