【南河内郡太子町】飛鳥川に架かる日本最初の官道、竹内街道。飛鳥川に架かる六枚橋の名前の由来とは?(メイン記事)

大阪狭山と南河内郡の歴史

日本最古の国道(官道)である竹内街道。今も所々に歴史を感じる場所があります。


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例えばバス停の名前に「六枚橋東」があり、すぐ近くに同じ名前の交差点があります。

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(近鉄喜志駅から巡回するバスが六枚橋東交差点を過ぎたところ)

また六枚橋東交差点の近くには六枚橋交差点があります。六枚橋東交差点は竹内街道沿いにありますが、六枚橋交差点はそこから外れています。


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では、交差点やバス停名になっている六枚橋は今もあるのでしょうか。探してみたら飛鳥川に架かっていました。

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こちらが六枚橋です。なお六枚橋で調べると、太子町とは別に、近江八幡市で国道8号線と県道14号線との交差点の名前が「六枚橋」と表記されています。近くに小さな水路はありますが、橋というより大きな道路の暗渠になっています。ちなみに近江八幡市の六枚橋は、かつて中山道に架けられていた石橋の名前だそうです。その他にも和歌山県岩出市や青森(津軽半島の大字名)にも同じ名前の橋があります。


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太子町の六枚橋は明らかに橋とわかるようになっています。重厚な石畳風の造りになっていますが、昔はもっと簡素な橋だったそうです。

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竹内街道歴史資料館友の会(外部リンク)によると、飛鳥川にかかる六枚橋は昔6枚の板を並べた板橋としていたそうです。さらに6枚にしたことにもこだわりがあり「南無阿弥陀仏」の6文字になぞらえていました。


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さらに、当時は橋を渡る人からは通行料を徴収していたそうで、三途の川の渡し賃にちなんで、六文銭だったという伝承もあるとのこと。

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飛鳥といえば奈良の遠つ飛鳥が有名ですが、大阪には近つ飛鳥があり、その地名の名残とも言える飛鳥川に六枚橋が今も架けられているのを確認しました。


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さて、実はすぐ近くに、もうひとつの六枚橋があることをご存じでしょうか。

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それは新六枚橋で、元の六枚橋よりも車の通行量が多い道路に架けられています。新六枚橋は近鉄喜志方面から、石川に架かる河南橋、聖徳太子御廟前、そして太子町役場と続いている道路にあります。この橋は、六枚橋交差点の途中で飛鳥川に架かっています。


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せっかくなので新六枚橋にも行ってみましょう。

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新六枚橋の前に来ましたが、厳密には新六枚橋側道橋とあり、歩行者専用の橋です。


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このように、歩行者専用の側道橋に囲まれるように車道の橋(新六枚橋)が架けられていました。

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というわけで六枚橋と新六枚橋を取り上げました。何気ない交差点やバス停の名前から、実際の橋を確認し、さらに由来までチェックすると、竹内街道の散策により深みが増すと思いました。


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六枚橋・新六枚橋

住所:大阪府南河内郡太子町山田
アクセス:六枚橋東バス停下車

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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

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