奥河内とその周辺地域の歴史記事

大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】古くて新しい緑の一里塚は、日本最古の国道竹内街道の休憩所を整備。太子町にあるものは

一里塚は、かつて街道を旅する人々にとって里(り:約4km)ごとの目印です。竹内街道に限らず、西高野街道にもあります。昔の人は一里塚の上に生い茂る木に立ち寄ってつくられた木陰が休憩所の役目を果たしていたそうです。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】昔の字(あざ)名を冠した南北朝時代作と伝わる石像が鎮座する神山の馬場地蔵

「字(あざ)」である神山の中心部に古くからご利益があると知られた「馬場地蔵」、そして隣に鎮座し、交通安全を願って新たに安置された千手観音菩薩は、今日も地域の人々を見守っています。
河内長野の歴史

【河内長野市】三日市町の由来、その前の名は?秋祭りに江戸天明期の提灯を掲げる庄屋の末裔は地域の語り部

【河内長野市】三日市町の由来、その前の名は?秋祭りに江戸天明期の提灯を掲げる庄屋の末裔は地域の語り部
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】河南町で盲腸の形をした「青崩」とは何と読む?青崩地区の歴史を考えて歩いてみました

河南町の輪郭だけを取り出した白地図ですが、気になっているところを青で囲みました。南東部を見るとまるで盲腸のように細い場所があります。盲腸のように細長い場所の周りは千早赤阪村です。しかし、なぜかこの細い部分だけが河南町になっていて、そこは青崩地区と呼ばれています。青崩は「あおげ」と呼ぶそうで、河南町上河内という大字の中にある地区(字)です。河南町の前は旧河内村、その前は旧上河内村に属していました。
河内長野の歴史

【河内長野市】天見の奥にある唯一無二の神事・流谷八幡神社の勧請縄かけの縄が今年も無事にかけられました

ということで流谷の八幡神社の勧請縄かけを中心に、流谷にある蝋梅(ろうばい)の郷の昨日の蝋梅の咲いている様子、最近境内に白い玉砂利が敷かれた蟹井神社の様子を紹介しました。
富田林の歴史

【富田林市】大発見!須賀に大阪狭山市の飛び地が今もなぜここに、そしてどんなところか調査してみました(2023年4月6日アーカイブ)

全国的にある不思議なものとして、「飛び地」と呼ばれるものがあります。国市町村などの自治体の一部が、他の自治体にまるで飛んでいるかのようにあるからそう呼ばれるものですが、実は富田林にも飛び地があります。
富田林の歴史

【南河内郡太子町】聖徳太子と政治を執り行った日本初の女帝・推古天皇陵と竹田皇子の墓、山田高塚古墳

太子町にある聖徳太子廟、小野妹子の墓、歴代天皇陵(用明天皇、敏達天皇、孝徳天皇)を回りましたが、もうひとつ大切な天皇陵があります。それは推古天皇陵、聖徳太子と政治を執り行った日本初の女帝の陵墓です。
河内長野の歴史

【河内長野市】千年の伝統の昨年の様子!流谷八幡神社の縄掛け神事は、明日1月10日土曜日に行われます。

河内長野の山の中、南海天見駅から歩くこと15分くらいのところにある流谷八幡神社では、その途中に毎年恒例の縄掛け神事が行われます。2026年は1月10日土曜日とのこと。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【大阪狭山市】なぜ?池之原会館のすぐ近くには旧丈六村(堺市東区)の飛び地が。その理由を探ってみた

大阪狭山市から最も近い百貨店をみると、泉ヶ丘駅にある泉北高島屋になりますが、つい最近まで乗り換えなしの堺東駅に直結していた堺タカシマヤがありました。御存じのように堺タカシマヤは1月7日をもって残念ながら閉店となりました。とはいえ、泉ヶ丘にも...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】かつて神社が存在した場所に残る白木神社遥拝所。その先には今鎮座する大阪唯一の村に

合祀後の元神社のその後ですが、地元の要望で復社するか、政府の方針を無視して地元でひそかに祀る、あるいは跡地として残る、もしくは完全に消滅するパターンが多いようです。しかし、白木神社の跡地には、遥拝(ようはい)所があります。
河内長野の歴史

【南河内郡千早赤阪村】役場の後ろに隠れるように鎮座する出合藤森戎神社とは?楠木正成との由来が。

まとめると楠木正成の夢枕に出てきたお告げから、生まれた故郷「山の井」の中にある下赤坂城の麓にある霊的な地とされた「藤ノ森」にえびす神を祀ったということです。それが現在も鎮座している出合藤森戎神社というわけですね。そんな歴史を振り返りながら大阪唯一の村にあるえびす神に手を合わせてみてはいかがでしょう。
河内長野の歴史

【河内長野市】烏帽子形八幡神社のえびす祭だけなぜ7日?その理由を探りつつ、昨日の宵宮の様子を見ました(2023年1月7日アーカイブ)

2026年1月6日が宵恵比須で15:00~19:00まで、1月7日の本恵比須は10:00~15:00までおぜんざいの接待があります。さらに1月7日15:00から餅まきが行われるとのこと。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町・太子町】おおっ、3日まで目の前で護摩焚き&法話も!元日初詣の様子を取材してみました

昨日から2026(令和8)年がスタートしました。年の初めの3日間は三が日ということで神社仏閣への初詣が行われます。ということで、昨日(元日)は河南町の北側と太子町で初詣の様子を取材しました。
河内長野の歴史

【河内長野市】なんと神社で除夜の鐘を撞く!神仏習合の名残、2026年の干支・午に繋がる住吉神社の初詣

「なんと神社で除夜の鐘を撞く!」と一瞬驚きますが、結論から言えば、これは神仏習合の名残です。江戸時代までは神社境内の中に神宮寺、あるいは寺の境内に神社があることが別に普通だったのですが、明治時代の廃仏毀釈で仏教系寺院の多くが廃寺となったことは、南河内地域の神社仏閣を歩いているとその足跡がいくらでも見られます。別の日に住吉神社に参拝した時に撮影しましたが、境内に鐘楼が残っていました。
富田林の歴史

【富田林市】意外に知らない?美具久留御魂神社の神様や由緒、そして意外過ぎるトリビアの数々を紹介します(2021年10月7日アーカイブ)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです秋祭りシーズン真っ只中。今年はお祭りが中止や縮小の所が多く、少し寂しい年になりましたね。お祭り以外でも、願掛けをしたい時、初詣や厄払い、七五三など、なにかと近所の神社におまいりして神頼みをしてい...
富田林の歴史

【富田林市】瀧谷不動明王寺の鐘はどんなもの?年越し前に撞いてみました。近鉄長野線の新年終夜運転も確認(2022年12月31日アーカイブ記事)

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです ただし近鉄の終夜運転の時刻表については現在のもの(2025年12月31日から2026年1月1日)に入れ替えています。いよいよ今年もあと1日。毎朝6時前後に記事を投稿していますので、厳密に言えば...
富田林の歴史

【富田林市】全国で4番目の大きさ、重さ12トンの鐘から鳴り響く除夜の鐘は圧巻!大阪唯一の木造五重塔の願昭寺(2021年12月31日アーカイブ) 

朱色の美しい五重塔のそばに来ました。建立は2011(平成23)年と、10年ほど前のこと。そして特筆すべきは木造で建てられており、それは大阪府内で唯一とのことでした。塔の高さ37mあり、これは全国10位。
富田林の歴史

【富田林市】五六七大明神は「コロナ」とは呼びません。寺内町のそばに点在する難解地名「毛人谷」の名残、旧田中家住宅の近く(オリジナル)

元々は寺内町に接する位置まで毛人谷という地名だったために、寺内町の近くを歩いていると画像のように毛人谷の名前が付いた建物がいくつか見られます。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】気軽に寺に来て、そしてもっと太子町を知って!日本最古級の尼寺、西方院院主の思い

南河内郡太子町には、聖徳太子御廟をはじめ、4つの天皇陵、日本最古の国道(官道)の竹内街道、万葉集にも出てくる二上山、二上山中腹にある日本唯一の大陸風岩窟寺院の岩屋など、たくさん見どころが多い場所。ところが残念なことに、大阪府の自治体の中でも...
富田林の歴史

【富田林市】悲報!サウナマニアも認めるブック&スパ うぐいすが今月末で閉店してしまいます!!(2022年5月29日アーカイブ)

2022年は富田林の外湯が相次いで閉店。3月末で葛城温泉が閉店した2か月後に、「ブック&スパうぐいす(Book&Spa uguisu)」まで閉店してしまいました。