※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです
今のように、寺内町が江戸時代の雰囲気そのまま保存されているきっかけは、重要文化財の旧杉山家住宅を保存・管理するために、富田林市が買い取ったのが大きな理由です。
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(旧杉山家住宅)
その旧杉山家住宅は、歌人、石上露子(いそのかみつゆこ)が生まれ育ち、晩年を過ごしたということで有名ですね。その露子の傑作と言われているのが「小板橋」という名前の詩歌です。
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小板橋とは、旧杉山家のある寺内町から見て南側を流れる石川近くの竹林の中にあったという、せせらぎに(細い流れ)にかかっていた小さな板の橋とのこと。
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事前情報で、小板橋があった場所に白い杭(くい)でそう書かれた目印があることを知ったので、実際にどのあたりなのか探してみることにしました。
ちなみに最初に紹介するのは今年の2月ごろに訪問した記録です。

富田林石川河川敷グラウンドと寺内町の間に、車も通ることができる細い道があります。その道には竹林があり、どうやらその中にかつて小板橋があり、今もその目印の杭が残るとのこと。
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道路から竹林を眺めます。さて、この中に杭があるのですが、いったいどこにあるのでしょうか。

この竹林の中にあるはずです。目を皿のようにして、探していきました。
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すると、竹の中に白っぽいものを発見しました。確か白い杭のようなもので示されていたはずです。
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はい、見つかりました。あの白い杭に「石上露子の小板橋」と書いてあります。

後ろに建物があり、その前に「石上露子の小板橋」と書かれた杭があります。
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ここで露子が詠んだ詩「小板橋」を引用しましょう。
小板橋 <ゆふちどり=石上露子>
ゆきずりのわが小板橋 しらしらとひと枝のうばら
いづこより流れか寄りし 君まつと踏みし夕に
いひしらず沁みて匂ひき 今はとて思い痛みて
君が名も夢も捨てむと 嘆きつつ夕渡れば
あゝうばらあともとどめず 小板橋ひとりゆらめく

ということで無事に小板橋の杭を見つけることができました。どのあたりかほぼ特定できたので、下記の地図で示します。
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(2023年2月時点の地図)
旧杉山家住宅からは、現在赤線のルートで行けます。今は道が途切れているようですが、かつては点線の道があったらしく、露子本人はこのルートで橋に向かったとも考えられますね。
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杭のある竹林の隣では、この2月の時点で工事が行われていました。工事予告には公園を整備するようなことが書いてありました。

かつて寺内町とつながっていたであろう山ケ坂(やまがさか)の名残りがあるので、少し奥に入ってみました。

建物が並んでいますが、廃屋のようにも見えます。
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先ほどの杭は建物の手前にあるのがわかりましたので、その方向に向かうと、確かに白い杭が見えます。
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ただ杭の前に行くのは竹林と藪に覆われて近づけません。

ということで、残念ながら杭の前までは行けませんでしたが、ここにかつて小板橋があったということを示しています。
ただし、碑は個人が建てたものであって、富田林市の文化財課が正式に認めたものではないとの情報があるので、判断はそれぞれお任せします。
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さて、ここまでが2023年2月に訪問した時の状況です。最近、その時工事中だった公園が完成したという情報を聞きました。その中には小板橋に関する碑もあるということで先日再訪問してきました。
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再訪問したのは6月上旬です。なぜこの時期に再訪したのかといえば、石上露子の誕生日が1882(明治15)年6月11日だからです。

昨年は5月のころから寺内町にこのような幟がいくつも立ち、6月第2土曜日に行なわれた石上露子生誕祭。今年はその話を聞かないと思っていたら、
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石上露子生誕祭のアカウント(外部リンク)より発表があり、昨年の第十回をもって隔年開催になるとのこと。そのため次回の石上露子生誕祭は、来年開催予定となります。
その代わりというわけではありませんが、6月11日まで寺内町センターで、募集していた俳句、短歌、写真を展示しています。
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今年生誕祭は行われませんが、今年誕生した新しい公園はどうなっているのでしょうか?

前回、2月に確認した小板橋の碑は健在です。

その先、左側に工事が終わって整備された公園がありました。

新しく整備した公園の名前は、富田林町公園と言います。
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中に入ってみましょう。

ちなみにこちらは昨年暮れに見たときの公園に整備される前の様子です。
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昨年の時点では雑草が生えていた荒れ地のようなところだったのが、見事にきれいに整備されているのがわかります。

新しく植えられた木、まだ小さいですが将来的には大きな樹木となるのでしょう。

真ん中にベンチがありますが、その中に説明版を発見しました。
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こちらです。小板橋跡という名前の説明文です。

石上露子と小板橋に関する説明がありますが、最後の文章を引用すると次のように書いてあります。
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この辺りは、その「小板橋」があった場所と言われています。
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つまりこの場所という特定ではなく、あくまでこの近くのどこかにかつて「小板橋」という名の橋があったということ。そして露子がその橋をモチーフに、傑作とされる詩歌を書いたという事実です。

それが先ほど見た杭がある場所であるかどうかは、残念なことにはっきりしません。
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また公園から見ると、高台にある寺内町からの坂(山家坂)と思われる痕跡もはっきりとわかります。


(昨年暮れの様子)
まだ公園として整備される前の、昨年暮れの画像があります。この時は見事に荒地で、近寄ることもできませんでしたが、こうしてきれいな公園として整備されたことは本当に良かったなと思いました。
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高台にある旧杉山家住宅から石川の流れにかかっていた橋まで降りてきて、その場の風景を眺めながら露子が「小板橋」という詩を創作、後世に残したことは事実ですね。
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(現在の様子)
この竹林の奥の白い杭を眺め、そして隣で整備された富田林町公園のベンチで休憩しながら、露子の愛しい人を思う気持ち、寺内町の昔の姿に思いをはせてみるのはいかがでしょうか。

小板橋の碑と富田林町公園
住所:大阪府富田林市富田林町
アクセス:近鉄富田林西口駅から徒歩10分
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この記事を書いた人
奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような情報を発信しています。
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