【河内長野市】天野山に通じる昔の巡礼街道?バス道ができる前の裏道を下里口バス停近くから門前バス停まで歩いてみました

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以前、西国三十三カ所の巡礼街道の一部ということで、天野公民館から天野小学校・西中学校付近までの道を歩きました。

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そして反対側、天野公民館側から旧170号線のバス道の左側に並行して細い道があり、門前バス停付近まで続いているのが確認できます。

(画像中央の建物の先に天野公民館への道があり、その先が前回歩いた巡礼街道)

今回は、反対側のこの道を歩いてみることにしました。

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ということで歩いてみることにします。但し天野小学校のように「巡礼街道」と明確な案内板などがないので本当に巡礼街道かはよくわかりません。道の連続性から可能性があるという程度で見てください。


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なお、このあたりで確認できる最も古い地図は1922(大正11)年のものですが、すでに旧国道170号線が開通していることが確認できるため、その時点ですでに主要の道としての役目は終わっていたようです。

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滑り止めが付いていることがわかるように、少し急な坂道を上っていきます。


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ずいぶんと上がってきました。

上がり切ったところが開けています。

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開けた山の上は畑になっているようです。


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登りの時とはうって変わって青空が広がっています。前回の巡礼街道の道に似ています。

右手は畑で、獣除けの柵が張り巡らされています。

引き続き歩いていきます。

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登るまでは大変ですが、散策にはとても良い道ですね。


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道なりに歩いていくと両側が畑になっています。

このあたりはコンクリートで舗装されています。

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道をひたすら歩きますが、結論を言えば全体で20分程度で歩けるのでちょうどよい散歩道です。


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高圧鉄塔が見え、その先にかすかに山が見えます。


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さらに歩いていきます。舗装されているので歩きやすいです。

ここで進行方向から左を見ます。実は左に並行してバス道(旧国道)があるのですが、バス道の前にある建物の屋根がかすかに見えるほどの高低差があります。地図では到底わからないですね。

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さらに歩くと高圧鉄塔が近づいてきました。


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高圧鉄塔を結ぶ高圧線がバス道のある谷を越えて向こう側の山に向かっているのがわかります。地図を見る限り山の先には大阪外環状線があり、さらにその先には旭ヶ丘あたりに達しています。


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そして高圧鉄塔の下を通過します。余談ですが高圧鉄塔の位置関係を示す「塔マップ(外部リンク)」で確認すると、光明池方面から来ている高圧線で、旭ケ丘の後は南花台、大矢船中町、北青葉台、美加の台の南側へと続いているようです。

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高圧鉄塔の先にも道が続きます。開放的な空間は遠くに旅した気がして、歩いているだけで心地よいです。

そろそろゴールが近づいてきました。


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急な下り坂になっていて、樹木のトンネルの先には下界の建物が見えます。

坂の途中に竹林があります。もしこの道が巡礼街道なら当時歩いていた人たちも竹林を見ていたのでしょうか?


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坂を下りきったところがバス道です。

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バスの道まで降りると目の前に門前バス停が見えます。今回は下里口バス停と門前バス停の立ったバス停ひと区間だけ歩きました。バス道を歩く場合は旧国道を走る車を注意しないといけませんが、閉校した山道を上がると坂は大変ですが、車の往来もなくとても心地良い山の道が歩けました。


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巡礼街道の可能性がある旧国道と並行した裏道

住所:大阪府河内長野市天野町
アクセス:下里口、門前バス停下車

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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

 

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