太子町の旧山田村にある科長神社の入り口横に、史跡の塚(陵墓)があります。太子町には聖徳太子廟をはじめ太子の時代の天皇陵が点在するために、それ自体珍しいことではありませんが、この塚は天皇陵ではありません。

塚に祀られているのは、聖徳太子の時代に外交官として活躍し、推古天皇の命により当時の大陸にあった大国・隋に大使として初めて派遣された人物。そして男性なのに女性のような名前がついているといえば、たいていの方が誰のことかわかるかと思います。
それは小野妹子(おののいもこ)で、ここにあるのは古くから小野妹子の墓と伝えられている塚です。
ふたつある小野妹子の墓

ただ、伝えられていると書いたのは、墓とされる場所がもう一か所あるからです。
それは滋賀県大津市ある唐臼山古墳(からうすやまこふん)です。そこには古墳の上に小野妹子神社が建立されています。この場所は琵琶湖大橋の近く、JR湖西線の小野駅の近くにあり、小野氏ゆかりの地域に位置するのに加え、古墳の年代や構造などから小野妹子の墓とする説があります。

ただし、大津市歴史博物館の『大津の歴史事典』では、妹子を埋葬者とする可能性は低いとの見解も示されています。
それに対して太子町の小野妹子の墓は、1801年刊行の『河内名所図会』にも記載されています。そして妹子を華道(いけばな)の道祖として祀っている生け花の家元、池坊が管理しているとのこと。

ちなみに京都の「六角堂(頂法寺)」は、聖徳太子創建と伝わる寺院で、日本の華道・いけばな発祥の地とされます。頂法寺初代住職が小野妹子で、かつ池坊の初代(始祖)とされます。
いずれも考古学的に被葬者が確定しているわけではなく、どちらが本当の墓なのか、現時点では断定できません。
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近鉄喜志駅前にある小野妹子の墓を示す石碑

近鉄喜志駅から旧金剛バス(金剛ふるさとバス・近鉄バス)が運行していますが、昔から太子町の玄関口でもある喜志駅には聖徳太子御廟の石碑があり、その横に「華衛元祖小野妹子之墓」と刻まれた石碑があります。

京都六角堂にある華道家、元池坊が石碑を建てたことと「当駅ヨリ東一里山田村ニアリ」との説明が刻まれています。その場所が今回訪問した小野妹子墓があるところです。
小野妹子の生涯に触れながら墓に向かう階段を上がる

小野妹子は滋賀郡小野村(現大津市小野)を拠点にしていた豪族「小野氏」の出身です。記紀(古事記・日本書紀)によれば、小野氏の先祖は第五代の孝昭天皇の第一皇子「天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)」とのこと。
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彼は第六代の孝安天皇の兄で、娘の押媛と結婚して誕生したのが第七代の孝霊天皇になるそうです。そして小野氏のほか、数多くの豪族の先祖とされているそうです。

妹子の生誕年も死没の年も不明ですが、活躍した記録として、日本書紀「第二十二巻 推古天皇」での次の記述により遣隋使の大使として大陸に渡ったことがわかります。その部分を引用します。
秋七月戊申朔庚戌、大禮小野臣妹子遣於大唐、以鞍作福利爲通事。
要約すると、これは推古天皇15年(607年)秋七月三日に大礼の地位(冠位十二階の5番目)にあった小野臣妹子(小野妹子)を大唐(おおもろこし:隋)に遣わし、鞍作福利(くらつくりのふくり)を通訳にしたとあります。
七月に秋とは不思議なようですが、これは旧暦の七月で新暦に直すと立秋後と考えれられ、旧暦七月を(秋初月)と呼ぶこともあるそうです。
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十六年夏四月、小野臣妹子至自大唐。唐國號妹子臣曰蘇因高。卽大唐使人裴世淸・下客十二人、從妹子臣至於筑紫。遣難波吉士雄成、召大唐客裴世淸等。爲唐客更造新館於難波高麗館之上。六月壬寅朔丙辰、客等泊于難波津、是日以飾船卅艘迎客等于江口、安置新館。
翌年(推古天皇16年)の夏4月に小野妹子が日本に戻ってきますが、この時に大唐の使者として裴世清(はいせいせい)らが妹子と一緒に来てたので、天皇は使者を「客」として新しい館を難波の高麗館の近くに作ったとのこと。

九月辛未朔乙亥、饗客等於難波大郡。辛巳、唐客裴世淸罷歸。則復以小野妹子臣爲大使、吉士雄成爲小使、福利爲通事、副于唐客而遺之。爰天皇聘唐帝、其辭曰「東天皇敬白西皇帝。使人鴻臚寺掌客裴世淸等至、久憶方解。季秋薄冷、尊何如、想淸悆。此卽如常。今遣大禮蘇因高・大禮乎那利等往。謹白不具。」是時、遣於唐國學生倭漢直福因・奈羅譯語惠明・高向漢人玄理・新漢人大圀・學問僧新漢人日文・南淵漢人請安・志賀漢人慧隱・新漢人廣濟等幷八人也。是歲、新羅人多化來。
9月5日に客たちを難波の大郡(なにわのおおこおり:上町台地の東側)」でもてなした後、客人たちが帰る際に、天皇が再び小野妹子を大使に、吉士雄成(きしのおなり)を小使に、鞍作福利(くらつくりのふくり)を通訳として任命して随行させたとあります。つまり2回目の遣隋使の大使として再度渡航するわけです。

余談ですが、この時、唐(隋)にいっしょに遣わされた学生のなかに高向漢人玄理(たかむこのあやひとげんり)が含まれていました。つまり河内長野にある道の駅くろまろの郷のモデルとなった人物です。
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途中で左手に道があるので寄り道しました。
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その先にあるのはトイレでした。

またトイレの横にあったのは水琴窟(すいきんくつ)です。地中に甕(かめ)を埋めておき、上から水滴が落ちると、甕の中で反響する音がしてそれがあたかも琴のような音色が聞こえるというもの。少し試してみましたが、確かに美しい音色がかすかに聞こえました。

引き続き上がっていきましょう。そろそろ頂上の墓の部分が見えてきました。
玉垣に囲まれた小野妹子の墓

上がっていると頂上部分が玉垣に囲まれています。

階段を上がり終えると石碑がありました。石碑には「芳権最在慈悲手 済度十万世界花」と大きく刻まれており、その横に「大正十一年季三月 為道祖墳墓修築竣成記念 小野妹子後裔華道家元四十三世池坊專啓」と刻まれています。さらによく見るとその下に印が刻まれています。
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調べてみると、1922(大正11)年に科長神社の横にある塚が小野妹子の墓であるので、妹子を道祖として崇める池坊の当時の家元「四十三世池坊專啓」が現在の姿に修築したことを表しているそうです。そして石碑の裏には「大正十年七月起工 大正十年十二月竣成」と刻まれているとのこと。

喜志駅に刻まれていた小野妹子の墓が旧山田村にあることを示す石碑も、大正11年3月と刻まれており、これは墓の整備が終わった後に建てられていることから、華道池坊の祖である小野妹子の墓をきっちり整備しようしたことが記録として残っています。

以降毎年6月30日に、全国の池坊の門弟が集って道祖小野妹子墓前祭が盛大に開催されるとのこと。

少し右側に歩いていくと、さらに上がれる階段があります。
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こちらから小野妹子の墓に参拝できます。

こちらにも「池坊」と刻まれた石碑があります。

階段を上がってみましょう。玉垣のところには扉があり、扉が閉じられています。

扉の前から撮影しています。石でできた拝所が見えその先が盛り上がっています。13メートルほどの塚で、詳細は不明とのことですが、江戸時代の「河内名所図会」にも紹介されていたそうです。

拝所には「河内橘会」と刻まれています。
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そして小野妹子之墳と刻まれていました。ここで参拝させていただきました。
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聖徳太子廟の近くにある小野妹子の墓

ということで小野妹子の墓とされる塚を紹介しました。江戸時代から紹介さている場所で、妹子を道祖と仰ぐ池坊が大正時代に整備した場所。
地元では「いもこさん」と呼ばれ、季節の様々な草花が咲く名所として親しまれているそうです。紅葉の名所でもあるそうなので、ちょうどこれからの季節は散策におすすめと言えそうです。

小野妹子墓
住所:大阪府南河内郡太子町山田
アクセス:科長神社口・ふくの音前バス停下車徒歩8分、推古天皇陵前バス停から徒歩10分
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この記事を書いた人
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大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。
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