【羽曳野市】今では珍しい平日固定の秋祭りで地車も宮入り!高鷲の大津神社、名前の由緒や歴史、祭神について参拝して調べました

南河内北部の歴史
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秋祭りのシーズンになりました。多くの神社の秋祭りは仕事や学校の関係から土日に行われる事が一般的です。

しかし、羽曳野市高鷲にある大津神社の秋祭りは10月7日と8日の2日間行われます。つまり珍しく土日ではなく、平日(日程固定)に行われているのです。

多くの地域で祭礼日を土日に移す動きが進むなか、大津神社では、神社の例祭日である10月7日・8日を現在も守り続けています。

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かつては祭りの日に仕事を休むことも地域社会では珍しくありませんでしたが、会社勤めが一般的になった現代では、平日の祭礼を維持するには地域側の工夫が欠かせません。

(秋祭りには神社境内の北側の道が車両通行規制になります)

それでも高鷲では、祭りの日を変えるのではなく、人が祭りに合わせる形で伝統を受け継いでいます。

平日開催にもかかわらず、夕方以降になると仕事や学校を終えた人々が集まり、境内は一気に祭り一色になるそうです。

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地車の宮入や豪快な練り回し、高鷲不死囃子(たかわししなずばやし)の奉納が続き、地域に根付いた伝統の熱気を感じることができます。

また7日の13時からは伊勢大神楽の獅子舞が奉納されます。また夜店の営業は20時30分まで行われます。

秋祭りを前に参拝、大津神社の「大津」とは?

そんな秋祭りが行われるのを前に、近鉄高鷲駅近くにある大津神社を訪問して参拝してきました。

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ちなみに高鷲駅は駅のある場所「羽曳野市高鷲」から来ていますが、高鷲の地名の由来は、隣の島泉にある雄略天皇陵の陵墓名「丹比高鷲原陵」からきているそうです。

高鷲は地図を見ると近鉄線から南側一体で、大津神社も含まれています。駅から大津神社の境内が見えます。

神社は塀に囲まれています。大津神社の公式サイトによれば、創建年代は6世紀とも言われているほど古い由緒ある神社です。

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平安時代に醍醐天皇の命によって編纂された「延喜式(えんぎしき)」(927年)に記載された式内社(しきないしゃ)です。「式内(式内社)」と明記しています。

それにしても不思議なのは「高鷲神社」ならわかりますが、大津神社とあります。大津神社と聞くと地域外の人間からすると滋賀県の大津を思い出してしまいます。いったいどういうことでしょうか?

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それについて羽曳野市の説明板からヒントが出てきます。

明確な創建については明らかでないとしながらも、「古市大溝」という人工水路の近くにあったことから、西国からの貢物輸送にかかわっていた豪族の津氏(つうじ)が祖先の神を祀った神社と見られています。

「津(つ)」とは、古代における港や船着場を意味する言葉です。羽曳野市高鷲の大津神社周辺を本拠地としたと考えられる津氏は、港(津)の管理に携わったことから、その名を与えられたと考えられています。

難波津(なにわつ)などの港では、物資や人の往来が盛んであり、津氏もそうした水上交通や物資の管理に関わった氏族だったとみられます。

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また大津神社の公式サイトによると、この地方には、百済貴須王の子孫といわれる「葛井氏・船氏・津氏」の三氏が勢力を張っていたとのこと。

その中で津氏一族がこの地をト(ぼく:神意をうかがって場所を定めること)によって選び、「大宮山」と名付け、津氏の守護神を祀ったことで「大津神社(大宮山の「大」と津氏の「津」と考えられる?)」の発祥だろうという古代からの定説があるそうです。

大津神社の祭神を確認しましょう。まず祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)、奇稻田姫命(くしいなだひめのみこと)、天日鷲命(あめのひわしのみこと)の3柱です。そのうち素戔鳴尊と奇稲田姫命はカップルの夫婦神であられるため、恋愛成就・結婚成就・男女和合の縁結びの神様でもあるとのこと。

配祀神(はいししん:並んで祀られる神)は大山咋命(おおやまくいのみこと)、菅原道真公(すがわらのみちざねこう)の2柱です

大津神社のその後の歴史ですが、中世以降に周辺九ヶ村の氏神として「河内の大宮」と称されました。

その後は神仏習合が進み、「午頭(ごず)天王社」と呼ばれて、境内に宮寺が設けられるなど社僧(しゃそう:神社に所属していた僧)の支配を受けました。

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広く人々からは「北宮の午頭さん」の名で親しまれましたが、明治維新の神仏分離令によって神仏混淆が禁じられ、明治5(1872)年には高鷲・埴生両村の氏神である村社「大津神社」となりました。

手水舎を拡大しました。岩から水を出す龍が姿を見せている様子にリアリティを感じます。

境内社(末社)や方角を指し示す百度石

参道の右側にある境内社です。

鳥居には大津神社の扁額が見えますが、この先にあるのは​平和之社(やわらぎのやしろ)です。

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これは​1951(昭和26)年のサンフランシスコ平和条約締結を記念して、氏子出身の戦没将士英霊を祀るために、境内末社として創始されたそうです。

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また、1976(昭和51)年に創始二十五周年を迎え、氏子さんらの寄進により本殿並びに拝殿を新築竣工し、遷座祭を行ったそうです。

参道に戻ると方角を書いた石碑があります。上には百度石と書かれています。

よく見る百度石と違い、方角が細かく書かれています。画像は東南側から見ています。国家安泰と書いてありました。創建伝承による卜で大宮山を選んで祀っていることと関係がありそうな気がしました。

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南西側です世界平和と書いてあり、下を見るとそこに干支の字が並んでいます。

西北の方角を見ると皇室弥栄(こうしつのいやさか:皇室がますます繁栄し健やかであられることを祈る)と記載しています。

北東の方角は天下泰平でした。

石の上を見ても方角を元にした占いを思わせますね。

その先にある境内社はこちらです。

こちらは大宮辯天宮(おおみやべんてんぐう)です。

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元々はインドの聖なる川の女神という弁才天ですが、古くは北宮の宮池の小さな浮島に祀られていたそうです。

現在は八角堂に祀られています。

ようやく社殿に

境内で様々な神様や珍しい百度石などを見てきましたが、ようやく社殿の前に来ました。

左右の狛犬が並んでいて、その下に「奉献」と書いてあります。

こちらが大津神社の社殿です。羽曳野市の公式サイトによると、社殿は1640(寛永17)年に立てられた本殿、拝殿、幣殿(へいでん:神様へのお供え物を奉納し、神職が祝詞を奏上する社殿)から構成されているそうです。

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左右に大きな扁額があります。右側は当時の宮司さんが米寿を迎えたことを記念するものです。「昭和丙午弥生(ひのえうまやよい)」は、西暦に換算すると1966(昭和41)年3月になります。

左側です。これは梅崎清作さんという方が、1966年3月に、自身の祈願が成就した(あるいは成就することを願い)それを記念して神社に奉納したもののようです。

ふたつの扁額が並んでいる中、参拝させていただきました。

社殿の左右奥にあるふたつの境内社は馴染みの神様

さて、社殿の左右奥にもふたつの境内社があります。どちらも馴染みの神様を祀っています。まずは、左側から行きましょう。

家内安全、商売繁盛の幟が立っています。

その奥に社殿があります。

えびす神と書いてあります。大宮戎社(おおみやえびすしゃ)です。

公式サイトによると戎大神を大津神社境内にお祀りしたいとの機運が高まったことで、氏子さんらの協力により寄付金・奉賛金(浄財)が集まりました。

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1986(昭和61)年1月に境内を卜(ぼく:神意をうかがって場所を定めること)して、南西の清地に社殿を造営し、今宮戎神社より、戎大神を勧請(御霊を呼び寄せ)たそうです。

一般的なえびすの祭りは1月10日ですが、大津神社は八日を祭礼とするので本えびすを「八日えびす」とし、1月7・8・9日の三日間えびす祭りが行われているそうです。

また近くにはトイレがありました。

もうひとつは、右奥にあります。大宮稲荷社(おおみやいなりしゃ)です。

稲荷系の神社でよく見かける、鳥居が連なる風景です。

公式サイトによると、1972(昭和47)年3月境内の北西の清浄な地を卜して、社殿を造営しました。

そして伏見稲荷大社より稲荷大神を勧請したそうです。

ということで、高鷲にある大津神社に参拝してきました。祭りのときは多くの人が来て賑わうと思われる神社の境内も普段は静かです。こういう時こそ神様とじっくりと向き合えるまたとない機会かもしれません。

大津神社

住所:大阪府羽曳野市高鷲8丁目1-2
TEL:072-955-0945 
アクセス:近鉄高鷲駅から徒歩3分

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この記事を書いた人

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大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

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