【河内長野市】古野行者講に残る行者まつりに2年越しの体験取材!夏の時期に行う意外な理由とは

河内長野の歴史
スポンサーリンク

河内長野は中世南北朝期の楠木正成、古代平安初期の空海に関する足跡が数多く見られますが、もうひとつ忘れてはいけないのは飛鳥時代で修験道を開いたとされる役小角(えんのおづぬ、おづの:以下、役行者:えんのぎょうじゃ)に関する足跡です。

背景には南河内地域を囲む金剛山地や和泉山脈の山中は、日本遺産にもなった葛城修験の聖地であることから、とても結び付きが深いからです。

そして「行者講」と呼ばれる地域の信仰や伝統行事を支える存在として、現在まで受け継がれています。

修験道の祖、行者こと役小角とは?

「PR」

改めて行者講(ぎょうじゃこう)をおさらいすると、修験道の開祖とされる役行者を信仰する人々によって組織された講(同じ信仰を持つ人々の集まり)です。

役行者への信仰を深め、修験道の伝統を受け継ぐことを目的としています。講員は定期的に集まって読経や供養を行うほか、葛城山系や大峯山などの霊場へ参拝することもあります。

(昨年撮影)

そのため町を歩いていると、行者像やそれを祀っているお堂に出会うことが多いのですが、河内長野駅のすぐ近くにある古野山上講では、毎年八月下旬に行者まつりが行われています。

行者講に必修です!

「PR」

ひとつ前に昨年のお知らせの画像を貼ったのには訳があり、実は昨年この行者まつりを取材しようと近くまで行ったのですが、本当に地域の人だけが集まる行事のため、アウェイ感が凄くて近づけませんでした。

2年越しに取材が実現

気にはなっていたのですが「コアな地域のお祭りだから」と、気の小さいヘタレな私は取材を諦めたのです。

しかし、今年は、昨日の地蔵盆同様に河内長野市教育委員会の文化財担当の専門家の方と一緒に参拝させていただく機会を得ましたので、現場に行きました。

前の仕事の関係でスタート時刻の午後4時から10分ほど遅れてしまいましたが、ちょうど行者まつりが始まっていました。

古野行者講と関係がある寺院の関係者(僧侶)の方が、山伏の装束をまとった修験者の姿で、役行者像に対して読み上げています。未確認ですが、恐らく日頃の加護への感謝や、地域の安泰、無病息災、講の繁栄などを祈願する願文(がんもん)かもしません。

修験道を体系的に知りたい人におすすめ
[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

修験道大系 歴史・思想・儀礼 [ 宮家 準 ]
価格:3,300円(税込、送料無料) (2026/8/26時点)


「PR」

高野山 九里道標石です。1里は約4㎞なので高野山女人道から約36km地点を示しています。その隣は道標で、右・中本山極楽寺(河内大仏のある寺)、左・さかい(堺:四里?)、大坂(七里?)を示しています。

高野山 九里道標石の横には、いつ刻まれたものかがわかります。安政四年に建てられたもの。石碑で刻んだものは残りますから貴重ですね。

Amazon | ドリップコーヒーファクトリー ハウスブレンド 豆のまま コーヒー 自家焙煎 (豆 2kg (500g×4袋), ハウスブレンド) | ドリップコーヒーファクトリー | 焙煎 通販
ドリップコーヒーファクトリー ハウスブレンド 豆のまま コーヒー 自家焙煎 (豆 2kg (500g×4袋), ハウスブレンド)が焙煎ストアでいつでもお買い得。当日お急ぎ便対象商品は、当日お届け可能です。アマゾン配送商品は、通常配送無料(一...

「PR」

手前にあるのは焼香です。

ひとりずつ順番に焼香をあげていきます。

行者堂の前は公道で、結構自転車や車が通ります。そのため道路を挟んだ反対側に椅子が置いてあり、そこで参加者が座るという仕組みです。

このように順番に参列者が焼香を済ませていきます。最後に「どうぞ参加してください」と地元の方に言われたので、私も焼香に参加させていただきました。

「PR」

ビニール袋が見えます。これは祭典のあとに「お下がり」として参列した講の参加者や地域の方々が持ち帰られるもののようです。

“探す”から“届く”へ 開かなくても、ちゃんと毎日届く安心感。気づけば届いている、あなた専用の情報便、the Letter

 

 

最後のほうで真言を唱えられ、ほら貝を吹いて終わりました。

こうして行者まつりは無事に終わりました。

手にしているのは仏像が入っている厨子ですが、寺に持ち帰るそうです。

修験道の祖、役小角(行者)について

「PR」

横で話を聞いたところ、厨子に入った仏像は「講」所有の物のようですが、もう管理が大変だからということで寺で預かってもらうそうです。

私も拝見させていただきましたが、小さいながらとても立派な仏像でした。

行者まつりが終わったら、後片付けです。これも地域の人(講の人)がボランティアで行っているわけです。

鉄のパイプを足場に提灯などを取り外す方もいます。

最近まであった地域の観音講(観音菩薩を信仰する人々の集まりで、供養や参拝を通じて地域の信仰を支えてきた講 )も解散したなど年々規模が縮小傾向にあります。

それでも少しでも昔ながらの伝統を守りたいという地域の思いを後片付けをされている様子を拝見しながら強く感じました。

行者講の経本です

「PR」

そんな伝統を感じる板があります。1940(昭和15)年とあるので、86年前のものです。しかしその下に見える板は明治時代のものだと言います。

夏の時期に行う意外な理由

ここで私は素朴な疑問が浮かびました。なぜ夏のこの時期に「行者まつり」を行うかです。

役行者は文武天皇3年(699年)5月24日に伊豆へ配流されたことから旧暦5月24日を縁日としています。

その後一度許されて都に戻ってから、大宝元年(701年)6月7日に入定(昇天)したと伝えられています。そのため毎月7日を役行者の縁日として供養や法要が行われていることが一般的です。

つまり8月下旬とは接点がありません。いったいどういうことでしょうか?

(古野行者道のある道は明治の新道)

地元の人に伺うと、「それは地蔵盆を兼ねているから」とのこと。この後に貴重な話を伺ったのですが、今古野行者堂の前の道路は明治時代にできた新道で、道沿いには町会には地蔵菩薩がなく、地蔵盆の代わりに行者まつりを行っているそうです。

修験道: その歴史と修行 (講談社学術文庫 1483) | 宮家 準 |本 | 通販 | Amazon
Amazonで宮家 準の修験道: その歴史と修行 (講談社学術文庫 1483)。アマゾンならポイント還元本が多数。宮家 準作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また修験道: その歴史と修行 (講談社学術文庫 1483)もアマゾン配送...

「PR」

明治時代に膳所藩の代官所跡近くから道路を拡張したのが行者堂の前にある道で、地蔵菩薩が安置している道は元々からあった西高野街道沿いになるそうです。

(並行して存在する西高野街道)

西高野街道を原町方面から歩くと、寺元記念病院のあたりから本来の西高野街道ではなく、古野行者堂のある道に続いていますが、本来の西高野街道は記念病院の東側から河内長野駅に向かっています。

ふたつの道を実際に歩いて見比べるとわかりやすく、明治新道は河内長野駅に向かって緩やかな下り坂になっているのに対して江戸時代以前からの西高野街道はある地点から急坂になっています。

急坂の道とは別に穏やかに登れる道を新たに作ったとも考えられます。

つまり明治時代の新道(バイパス)上に、古野行者堂はあることになります。新しい道には地蔵堂がないため、地蔵盆の代わりに行者まつりを行っていたそうです。

それこそ地元の人に聞かないとわかりませんし、このあたりでふたつの街道が並行している理由もようやくわかりました。

行者まつりの日ということで、普段は扉で閉められていて見ることのできない役行者像が良く見えます。

また、お供え物も個性的です。天野山金剛寺の百味飲食を彷彿とする特徴的な形で供えられていました。

「PR」

そして、お餅が供えられています。お餅を備えると言えば正月の印象が強いですが、このように8月下旬、地蔵盆の時期にもお餅が供えられています。

役行者が活躍した後の時代に朝廷から「神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)」という名前が授けられました。真言は「おん ぎゃくぎゃく えんのうばそく あらんきゃ そわか」です。

ということで、古野行者堂で毎年古野山上講で行われている行者まつりの様子を取材しました。取材が2年越しにかなったことや西高野街道が二重のようになっている理由がわかるなど、実りある内容となりました。

普段は扉が閉められている古野行者堂ですが、公道上からも参拝可能です。

古野行者堂

住所:大阪府河内長野市古野町2-6
アクセス:南海・近鉄河内長野駅から徒歩7分

「PR」

スポンサーリンク

この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

📩 南河内の最新情報をメールでお届け!

「南河内ニュース」の更新情報や、週末のおでかけ・イベント情報をメールで無料配信中!見逃したくない方はぜひご登録ください。


📢 店舗・企業様へ:広告掲載・取材依頼について

当サイトは月間約3万人の地元の生活者が訪れる、南河内エリア特化型の地域Webメディアです。

  • 月間訪問者数: 約3万人(商圏人口の約10人に1人が閲覧)
  • 月間PV: 約4.1万PV(公式Instagramは月間40.1万人へリーチ)
  • 高い検索集客力: 検索経由が約9割のため、掲載後も長期間にわたりアクセスが持続します

「新店舗オープンをPRしたい」「イベントの集客を増やしたい」「自社の魅力を地域の人に届けたい」という事業者様・主催者様は、ぜひお気軽にご相談ください!

👉【無料相談】広告掲載・取材依頼のお問い合わせはこちら
スポンサーリンク
河内長野の歴史
スポンサーリンク
adminをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました