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南河内で最大規模のショッピングセンターといえば、ららぽーと堺ですね。場所は阪和自動車道美原南インターチェンジ近く。ここには、ららぽーとをはじめ複数の大型施設がひしめきあ合うエリアです。
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しかしそこには、それらの施設とは明らかに一線を画した場所「黒姫山古墳」があります。
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地図で位置関係を確認すると、ららぽーと堺をはじめ、スーパービバホームなどの大型の商業施設が阪和自動車道と国道309号線との交差点より南側にあります。交差点から北西の位置には、ホームセンタームサシとケーズデンキ、そして交差する北東の位置にあるのが黒姫山古墳です。
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先日、近くに立ち寄る機会があったので黒姫山古墳に行ってみました。黒姫山古墳は百舌鳥古墳群と古市古墳群の中間に位置しているとのこと。
黒姫山古墳は1957(昭和32)年に、古墳としての重要性があると認められたため、国の史跡に指定されます。さらに1978年には、周りの部分が追加指定されました。
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全国最多の甲冑24領を出土!

黒姫山古墳の前は整備されていて公園になっています。これは1989(平成元)年から、国と府の補助を受けて、環境整備を実施したからです。
この整備をした結果、黒姫山古墳の解説ビデオ上映設備のあるガイダンス施設などを建設されました。現在は「史跡黒姫山古墳歴史の広場」として、地域の人に親しまれています。
画像のように、山のようになっているところが墳丘です。堺市によると黒姫山古墳は全長114メートル、前方部幅65メートル、前方部高さ11.6メートル、後円部径64メートル、後円部高さ11メートルの二段築成(にだんちくせい:傾斜を2つの階段状に積み上げる構造)の前方後円墳です。
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黒姫山古墳の概要が書かれています。堺市によると後円部の埋葬施設は、残念なことに破壊されて消滅されたしまったとのこと。背景として、中世には城の砦として転用されていた時期もあったため、いずれかの時代に盗掘が行われて破壊されたと考えられます。
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しかし、前方部中央から竪穴式石室が発見されたことを受け、1947(昭和22)年から末永雅雄博士らによって発掘調査を実施。その際に石室の中からは24領の甲冑をはじめ、大量の鉄製武具や武器が出土したので、全国的に注目されました。
築造年代と古墳埋葬者と地名の起こり

発掘調査でわかったこととして、古墳時代中期(5世紀中ごろ、およそ西暦440~460年代)で、当時古墳の周辺で勢力を持っていた豪族・丹比(たじひ)氏によって築造されたと考えられています。つまり当時の丹比氏の首長が埋葬されたという説が有力です。

丹比氏(たひじうじ)は、多治比氏とも書き、第28代宣化天皇(せんかてんのう)の皇子上殖葉皇子(かみうえばのみこ)を祖(分家)としています。皇子は「多治比王」「多治比古王」とも呼ばれていたことから、その子孫が丹比(多治比)を名乗るようになりました。
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そして、この地域がかつて丹比郡(たじひのこおり/ぐん)と呼ばれたのは丹比氏が支配していたからです。なお、丹比郡は平安時代後期に丹南郡(たんなんぐん)と丹北郡(たんぼくぐん)に分かれ、さらに丹北郡から八上郡(やかみぐん)と郡が分かれたという経緯があります。
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当時の様子が再現されていた

堺市立史跡黒姫山古墳歴史の広場ガイダンス施設まで行くと、埴輪が並んでいて当時の古墳の様子が再現されています。
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1978年(昭和53)年の発掘調査で外濠が検出されたことや、周辺に「倍塚(ばいづか:小型の古墳で主の古墳の埋葬者の家族や従者の墓)」が6基あったとされます。

そのうちのひとつが帆立貝式古墳の「さば山古墳」です。

この古墳は、平成時代に入ってから整備が始まります。1990(平成2)年に発掘調査が行われ、中世の段階で大規模な盛り土を確認したとのこと。

1993(平成5)年頃までには無事整備が終わり、当時の写真が説明板に掲載されています。
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出土した埴輪のレプリカが並べられています。そして中央にあるのは?
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これは石室復元模型とのこと。整備事業で実物大に復原した竪穴式石室です。
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奥に建物が見えますが、あそこでは黒姫山古墳築造の様子などをビデオで解説しているそうです。

ということでざっくりとですが、黒姫山古墳を紹介しました。

阪和自動車道と国道309号線の交わるところ、美原南インターにも近いことから大型の商業施設が並ぶ一帯に、ここだけは時空を超えた古代の豪族が支配していた証が残っていました。
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なお、出土した大量の甲冑は現在までに大半が保存処理を終え、古墳のすぐ北側にあるM・Cみはら(堺市立みはら歴史博物館)でその一部を展示しています。
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黒姫山古墳
住所:大阪府堺市美原区黒山529
アクセス:黒姫山古墳前バス停下車
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この記事を書いた人
奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。
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