昭和、平成、令和と時代が進むにつれていろんなことが進化していますが、それは教育も同じです。昭和の頃の教育といえば、ある「基準」が定められて、それに従って学ぶような詰込み授業が多く、その方針に子どもが外れると場合によっては「叩いて従わせる」いわゆる体罰ということが普通に行われたものです。例えば幼稚園児の頃に太鼓の種類を間違えた理由だけで安易に叩かれたり、修学旅行先などでやらかした児童に対し、感情が高ぶって繰り返し叩いたりということが過去の事例として聞いたことがあります。

もちろん今では体罰は基本的に無くなり、決められた詰込み授業ではなく、もっと多様性のある教育という方向にかじ取りが変わりました。いわゆる教育改革です。ただ注意したいのは「改革」と言っても過去の否定ではなく、過去の蓄積を元に進化しているという言葉が正しいです。
さて、新年度(2026年度)早々、河内長野市では「これからの学校教育と河内長野市の挑戦」というフォーラムが、4月18日13:00~16:00の予定で市民交流センターキックス4階イベントホールで行われます。参加費は500円です。
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(会場となる市民交流センターキックスイベントホール)
特に第一部で登壇される教育アドバイザーの工藤勇一先生は、教育関係者からすると、とても素晴らしい方で、河内長野に講演で来られること自体が凄いことらしいのです。実はそれ以上に凄いことが決まっていて、4月からは河内長野市教育スーパーバイザーに就任されます。そして二部はパネルディスカッションで、工藤先生と西野修平市長、そして小川祥教育長の3名が登壇されます。
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西野市長とは就任直後や市政で特に気になる事象に対して複数回インタビューさせていただいたのですが、これまで小川教育長はありませんでした。小川教育長とは教育長に就任される前、前市長の時の生涯学習部長の時代から接点があり、様々な情報を頂きました。今回は河内長野の教育に関するフォーラムということで、良い機会と思い、小川教育長(以下、小川さん)にインタビューさせていただきたくことになりました。
生い立ちと河内長野との出会い

小川さんは大阪市内出身で、ご両親も大阪府の公務員という家庭で生まれ育ちました。高度成長期で、初孫ということもあり幼少の頃は親戚のアイドルだったそうです。小川さんのお父さんは島根県の浜田から大阪に就職に来られたとのこと。お母さんは大阪の方でした。市内のアパートで生まれたのち、1歳の頃に堺にあった府の職員住宅に引っ越し、小学校の頃には八尾にある一戸建ての家に引っ越します。
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(画像提供:小川教育長)
「市の中心部から土地の広い郊外への引っ越し、当時はよくあるパターンです」という小川さん。兄弟が増え八尾の家も手狭になったことで再度引越しします。当初は泉北への引っ越しを考えていましたが、結局河内長野市南青葉台に引っ越すことになったそうです。「八尾だと歩いて行けた中学校に、バスで通学することになりました」と当時を懐かしみます。
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(画像提供:小川教育長)
こうして河内長野と小川さんとの接点が出来たのです。中学入学前のタイミングで引っ越ししたので、中学校に通うと他の生徒から「見知らぬ顔がいる」と思われたそうです。しかし、気が付いたら打ち解けあって友達になったとのこと。背景には堺や八尾と引っ越しが多かったために、新しい先での同級生と仲良くなる方法を学んだというのもありました。河内長野に住んでいる同級生と打ち解けあったことが、後に河内長野市の職員では生き字引と言えるほどの長期勤務に繋がりました。中学校は卓球部だったという小川さん、高校は富田林高校に進学し、バドミントン部に入りました。
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わざと一年留年し河内長野市職員へ

大学は当時の大阪市立大学の法学部に進みます。この時の小川さんは「人権問題」について強い関心を持っていました。実は中学生の時に人権問題に熱心な先生がいたこともあり、その時の記憶が大学に進学後に一気に蘇ります。
小川さんによると、例えば人権に関係するエリアに行き、現地の空気を感じ取りながらフィールドワークを繰り返したそうです。専攻が法学部だったので、法律ともリンクしました。しかし小川さんはむしろ「行政のあり方」について思うことがあり、公務員を目指すことになったのです。

ちなみに小川さんは大学に1年留年しました。実はその留年は意図的に行われたのです。
どういうことか理由を伺うと、河内長野の市職員になるためだと言います。学生の頃から学生自治会の役員をするなど「人のために働くのが好きだった」という小川さん、当時河内長野市の住民自治が最先端だったことが理由のひとつでした。
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それに加え、中学生入学時に新しく入ったのにも関わらず、すぐに仲間に入れてくれた土地の人の温かみなどの経験から「働くなら河内長野市と関わりたい」と強く考えたのです。
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当時の河内長野市は2年に1回しか職員を募集していませんでした。公務員として市職員になるなら河内長野市と決めていた小川さんは、両親に頼み込んでその試験を受けるために大学を1年留年し、大学を5年で卒業します。

そして、念願の河内長野市職員となりました。ちなみに小川さんが河内長野職員になった年は1989(平成元)年で、前年に現在の河内長野の市庁舎ができて初めて入庁した職員とのことです。こうして40年弱(厳密には37年)の河内長野職員としてのキャリアがスタートしました。ちなみに当時は、3代目市長の東武(あずまたける)市長の時代(1980-1996)でした。
大阪唯一の村との合併構想

(画像提供:小川教育長)
小川さんの職員としてのスタートはくしくも今と同じ教育系でした。7年間教育委員会に所属します。「今は人口減ですが、当時は人口急増の頃」だったという小川さん。1990年に当時の南花台東小学校から分離した当時の南花台西小学校、(2013年に再統合して南花台小学校に)1991年に加賀田中学校から美加の台中学校が分離した時期と重なります。

「とにかく忙しい7年間だった」という小川さん。その後2年限定で大阪府への出向を経験します。「初めての電車通勤が新鮮でした」という小川さん。ちょうど山田勇(横山ノック)知事だったと言います。この時に小川さんは、同じように各市町村から出向で来た同僚と仕事をすることで人脈づくりに繋がったといい、まちづくりについて学んだそうです。

1998(平成10)年頃に河内長野市に戻った小川さんは、政策企画課に10年所属。地域振興券やIT講習会の担当として奔走します。「今では国の施策を市町村が担うことが普通になった、このような施策も当時としては斬新でした」と小川さん。
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ただそれ以上に大きな出来事として、大阪唯一の村「千早赤阪村」との合併構想に関わった時期だと言います。ちょうど平成の大合併が行われた時期で、南河内地域も各自治体が合併に向けてやり取りをしていた頃です。
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紆余曲折あり、河内長野市と千早赤阪村の合併構想が持ち上がり、事務方レベルではほぼ合併のための準備ができていました。ところが「村を残したい」という千早赤阪村側の強い思いもあり、また河内長野市としてもどうしても妥協できない点などがあったため、最終的に合併断念となってしまいました。

小川さんは「大阪府も間に入ってくれていて必要な協力もしてくれる話でしたが」と当時を懐かしみました。余談ですが、仮に合併していたら「大阪唯一の村」が消滅した一方、廃止となった金剛山ロープウェイがもしかしたら残っていたかもしれないなど「タラレバ」をついつい考えてしまいました。
あの「黒歴史」解明のための密命?

2008(平成20)年に小川さんは、人事異動で障がい福祉の部署に異動します。「やりたい分野だった」という小川さん。大学生の頃に人権のことを強く意識して公務員の道をめざしていたのでようやく希望の部署に入ったのです。
福祉ということで現場の市民と触れあえる機会が増えます。大きなことといえば、障がい者の就労訓練の場としての市役所食堂のオープンでした。当時は社会福祉法人が障がいをもつ人を雇用して運営する市役所食堂が珍しかった時代でした。小川さんは誘致に奔走しながら実現します。

また現在は国際交流協会のグローバルカフェで利用されているキックスの1階のキッチンも当時は障がい者が関わるCafeが入っていたそうで、その運営をされていた方に市役所食堂の運営もお願いしたそうです。 今は運営の代が代わり、別の法人がオンキッチンを運営しています。
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当時の小川さんは当時主幹(しゅかん:一般職と管理職の中間)という立場でした。そして課長になるための試験に合格し、いよいよ管理職として手腕を振るおうと思った矢先、上司からある密命を帯びます。
「主幹のまま生活福祉課に行って欲しい。そしてあることを極秘に調査してほしいんだ」

それは河内長野市の「黒歴史」と言えるものでした。人事異動の時に異変に気付いたとのこと。それはある職員が生活保護費を不正に着服している可能性が出てきたのです。
横領が確認できれば告訴をするのですが、証拠が必要です。その証拠をつかむために小川さんが生活福祉課に入ると、その証拠を探すために本人にわからぬよう、課員が一丸となって内密で調査をすすめました。
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「誰にも言えないことだったので大変でした」と小川さん。確かにその事実を知っていても公表できるタイミングまで誰にも言えない大変さ、わかるような気がします。
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こうして確たる証拠をつかみ、他の部局の協力も得て、ついに職員を告訴、公になりました。2013(平成25)年10月のことで、2005年から2011年までの間に、1897件の保護費が横領されていることがわかりました。総額3億2249万1788円です。

生活保護費横領事件(外部リンク)は、全国ニュースになって報道されたときは、連日市役所に抗議の電話が鳴りやまなかったそうです。ただ横領した本人はそのお金を使わず手元に置いていたため、翌年3月に無事に全額返還してもらったことが幸いでした。
「この事件を教訓にコンプライアンスの強化が重要になった」と、小川さんは生活保護行政の立て直しに2年かかったそうです。信頼回復のため全面的に取り組みを変えていきます。「情報共有」「初動」「組織の風通し」を重視しての取り組みです。
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福祉で7年半所属していた小川さんは、2017(平成29)年に課長として政策企画課に戻りました。ちょうど南花台のスマートエイジングシティ構想が盛り上がっているタイミングでした。現在の谷ノ上成長戦略局長らとともに、今のサッカースタジアム構想にも繋がる取り組みを始めた時期でした。
部長となりコロナ禍時代を迎える

(大相撲河内長野場所開催が決まって枝川親方と名刺交換する小川部長<当時>)
コロナ禍前に教育委員会に戻った小川さんは生涯学習部長になります。河内長野シティマラソンの復活などに関わるのですが、コロナ禍に入って大きな問題に直面しました。

「成人式の密を避けなければならない」ということで、これまでラブリーホールで行われていた成人式(現:はたちのつどい)を、市民総合体育館で行うことになったのです。
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室内ではあるもののラブリーホールよりは密が避けられるという判断だったのですが、結果的にこれは正解でした。それは成人式で集まる20歳の若者たちの問題でした。

成人式ではどうしても久しぶりに会う同級生ということもあり、式が終わっても若者たちがそこに留まることが多かったのです。ラブリーホールの場合は目の前が公道ということもあり、交通上の問題がありました。しかし体育館の敷地内であれば、若者たちが長時間そこに留まっていても問題ありません。そのため体育館の開催が恒久的な措置となったそうです。

(産業用地化する前の赤峰市民広場)
その他、小川さんは赤峰市民広場の産業用地化への対応にも奔走しました。実は過去に反対する市民とのやり取りを取材したことがあります。その説明会で、反対する市民たちが涙ながらに訴えるなど、とてもピリピリとした空気だったことを覚えています。
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(赤峰市民広場問題について住民に事情を説明する小川部長<当時>)
しかし、小川さんによれば市民広場の運動施設を使っていたスポーツ団体の方々の思いもかなり強かったそうです。それでも木戸東運動場など代替えの場所を確保し、将来の総合スポーツ公園への再編構想も約束し、スポーツ団体の方々のご理解を得て、計画通り赤峰民広場の産業用地確保につなげたのでした。
前教育長から学びそして教育長へ

「年齢的に見て部長の後は、公民館などの施設の館長で終わるのが通常だったんですが」と小川さん。当初はふるさと歴史学習館の館長のような立場で公務員生活を終えるつもりだったというのです。ところが西野市長から思わぬ任命を受けました。それが昨年4月からの河内長野市教育長への就任でした。

通常であれば、教育長になる人は教師や校長など教育畑の人が就任するのが慣例です。「まさか事務方の自分が選ばれるとは」と、小川さんは本当に驚きました。しかし、生涯学習部長を6年勤め、地元では小中のPTA会長を歴任し、今も青少年指導員をしているなど、学校教育出身でないけれど、「社会教育出身」であることも強みとして、引き受けようと決心しました。 前任者の松本前教育長はとても喜んでくださったそうです。
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(マラソンのスターターを行う松本教育長<当時>)
「実は教育委員会にも困難な歴史があったんです」と小川さん。これは和田元教育長から松本前教育長に代わる際に空白の1年があったというのです。教育長に就任するためには議会の承認が必要で、調整に時間がかかったとのこと。
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(中央が松本教育長<当時>)
最終的には松本前教育長が就任し事なきを得ます。小川さんによればトップが不在の場合、組織としては困難な課題に直面しても上手く解決できないことが多々あるそうです。ということで小川さんは松本前教育長とともに組織の立て直しを図り、先述の様々な施策を推進しました。その際には、松本前教育長の補佐役をしながら多くのことを学びます。その上での教育長就任となりました。
これからについて

(全中学校生徒会サミットで挨拶をする小川教育長)
最後に、これからについて小川さんは次のように語ります。「総合計画と連携して、市長と教育委員会が作る新たな教育大綱を推し進めたい」とのこと。
これが4月18日のフォーラム「これからの学校教育と河内長野市の挑戦」とつながっていくのですが、これからの時代は子どもたちが主体的に学ぶ必要があると言います。実際に文部科学省も教育の在り方については変化をしていて、従来の一方的な上から教える教育の時代からの進化を目指し、人生のかじ取りが自分でできる人材を育てて行ければと言います。

そして市長肝いりの政策として発達障がいの子どもたちなどがその特性が生かせるような場所として、作業療法士や言語聴覚士など外部の専門人材を配置して、ハビリテーション(天性障がいや幼少時からの障がいを対象として持っている機能を生かしてさらに発達させる治療)ルームを作ることを検討しています。
もうひとつは、教育委員会という「上からの指導」ではなく、各学校が主体的に物事を決められるような仕組みづくりです。

子どもたちが「自分で考えて学ぶ」のと同様に、学校も主体的に課題解決を考えてほしい、ということで、強制ではないけれど学校単位で手を挙げるところがあれば研究のモデル校として、授業改善などの新たな挑戦に取り組んでいけたらと言います。
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また少子高齢時代ということで小規模学校が増えていく中で、小川さんは小規模の強みがあると言います。また、フリースクールとの連携なども踏まえて学びの多様化に取り組みながら、「不登校の子どもたちも学べる、もっとゆったりとしたカリキュラム」ができる学校の設置なども考えていけたら」と言います。
「先生は教育の専門家であるではあるけれども、福祉や医療など教育以外の専門家ともお互いの立場を尊重し、共有しながら子どもの成長をつなげていく、それが結果的に河内長野の魅力につながれば。親御さんが安心して子どもを任せられる、誰一人取り残さない『こどもまんなか教育の実現』に向けて体制を構築したい」と小川さんは最後に締めくくられました。

ということで小川教育長に大いに語っていただいたインタビューを終えました。生涯学習部長からのことしか知らない私にとっては、初めて聞く内容ばかりで驚きました。教育、福祉、まちづくりなど、あらゆる部署を経験されて40年近く河内長野市の職員である小川教育長は、「河内長野市」という自治体の生き字引のような方だと感じました。
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河内長野市役所
住所:大阪府河内長野市原町1-1-1
アクセス:河内長野市役所前バス停下車すぐ
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この記事を書いた人
奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

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