Yahoo!ニュース記事

大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】古くて新しい緑の一里塚は、日本最古の国道竹内街道の休憩所を整備。太子町にあるものは

一里塚は、かつて街道を旅する人々にとって里(り:約4km)ごとの目印です。竹内街道に限らず、西高野街道にもあります。昔の人は一里塚の上に生い茂る木に立ち寄ってつくられた木陰が休憩所の役目を果たしていたそうです。
河内長野のイベント

【河内長野市】ヘルメット姿の人もいるガチ餅撒き!恒例の初不動光瀧寺餅まきが今年も25日に行われます

12月から1月にかけて各地で餅まきがが行われますが、その中でも有名なのが滝畑にある光滝寺初不動大餅まき大会ではないでしょうか?滝畑湖畔観光農林組合によれば、今年も例年通り開催が決まり、2026年1月25日(日)午後1時~ 光滝寺境内で行われ、参加を呼び掛けています。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】昔の字(あざ)名を冠した南北朝時代作と伝わる石像が鎮座する神山の馬場地蔵

「字(あざ)」である神山の中心部に古くからご利益があると知られた「馬場地蔵」、そして隣に鎮座し、交通安全を願って新たに安置された千手観音菩薩は、今日も地域の人々を見守っています。
富田林のおでかけ・散歩記事

【河内長野市】え、こんなところが市の境?末広町と富田林嬉との間の境目の先にあった意外なものとは

ということで、末広町と嬉の市境の様子を確認しました。ふたつの間には現在は暗渠となっている小さな水の流れがあり、そこを昔の村境としたものが今に続いていると考えられます。
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【南河内郡千早赤阪村】大阪唯一の村の冬の風物詩。奉献塔の下、スイセンの丘で約5万本が咲き始めています

千早赤阪村のスイセンをおさらいすると、元から自生していたものではなく、1999(平成11)年に千早赤阪楠公史跡保存会が植栽をしたそうです。目的は景観の向上でした。
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【大阪狭山市】西除川に架かる橋はいくつ?狭山池の南、亀の甲から西除川遊歩道を市境まで歩いてみました

ということで西除川を狭山池の亀の甲から市境草沢交差点まで歩いてみました。ちなみに狭山池亀の甲から市境の草沢まで、西除川に架かる橋がいくつあるか調べると、以下の橋がかかっていました。
河内長野のイベント

【河内長野市】楠公さん大河ドラマ化の布石?NHK歴史探偵ファンミをラブリーホールで2月28日に無料開催

河内長野市の報道資料によると、2月28日に土曜日に「歴史探偵」ファンミーティング~風雲!河内の名将 楠木正成〜をラブリーホール小ホールで開催することが発表されました。
インタビュー記事

【千早赤阪村】日本一かわいい道の駅を作った若者移住の先駆者らてさん。40歳代で大阪唯一の村にて再出発

らてさんはこの話に応じる形で、まだスペイン滞在中ではありましたが、2025年9月20日から間借り雑貨店「旅する雑貨店らっちゃこ」をオープンさせます。そしてらてさんが帰国したのが11月、およそ3年ぶりに村に戻ってきたのです。
河内長野の歴史

【河内長野市】三日市町の由来、その前の名は?秋祭りに江戸天明期の提灯を掲げる庄屋の末裔は地域の語り部

【河内長野市】三日市町の由来、その前の名は?秋祭りに江戸天明期の提灯を掲げる庄屋の末裔は地域の語り部
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】河南町で盲腸の形をした「青崩」とは何と読む?青崩地区の歴史を考えて歩いてみました

河南町の輪郭だけを取り出した白地図ですが、気になっているところを青で囲みました。南東部を見るとまるで盲腸のように細い場所があります。盲腸のように細長い場所の周りは千早赤阪村です。しかし、なぜかこの細い部分だけが河南町になっていて、そこは青崩地区と呼ばれています。青崩は「あおげ」と呼ぶそうで、河南町上河内という大字の中にある地区(字)です。河南町の前は旧河内村、その前は旧上河内村に属していました。
河内長野の歴史

【河内長野市】天見の奥にある唯一無二の神事・流谷八幡神社の勧請縄かけの縄が今年も無事にかけられました

ということで流谷の八幡神社の勧請縄かけを中心に、流谷にある蝋梅(ろうばい)の郷の昨日の蝋梅の咲いている様子、最近境内に白い玉砂利が敷かれた蟹井神社の様子を紹介しました。
富田林の歴史

【南河内郡太子町】聖徳太子と政治を執り行った日本初の女帝・推古天皇陵と竹田皇子の墓、山田高塚古墳

太子町にある聖徳太子廟、小野妹子の墓、歴代天皇陵(用明天皇、敏達天皇、孝徳天皇)を回りましたが、もうひとつ大切な天皇陵があります。それは推古天皇陵、聖徳太子と政治を執り行った日本初の女帝の陵墓です。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【大阪狭山市】なぜ?池之原会館のすぐ近くには旧丈六村(堺市東区)の飛び地が。その理由を探ってみた

大阪狭山市から最も近い百貨店をみると、泉ヶ丘駅にある泉北高島屋になりますが、つい最近まで乗り換えなしの堺東駅に直結していた堺タカシマヤがありました。御存じのように堺タカシマヤは1月7日をもって残念ながら閉店となりました。とはいえ、泉ヶ丘にも...
河内長野のイベント

【河内長野市】福餅が一杯!ひとあし早い烏帽子形八幡神社のえびす祭。今回が最後となる餅撒きを実施

河内長野喜多町にある烏帽子形八幡神社の恵比須(えびす)祭りは、一足早く6日に宵えびす、7日日本えびすが行われます。今年は、両日はおぜんざいの接待のほか、餅まきが昨日、1月7日の15時より行われました。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町】かつて神社が存在した場所に残る白木神社遥拝所。その先には今鎮座する大阪唯一の村に

合祀後の元神社のその後ですが、地元の要望で復社するか、政府の方針を無視して地元でひそかに祀る、あるいは跡地として残る、もしくは完全に消滅するパターンが多いようです。しかし、白木神社の跡地には、遥拝(ようはい)所があります。
河内長野のおでかけ・散歩記事

【河内長野市】新しい散歩の楽しみ方を開眼!滝畑にあった発電所・瀧幹の名残が残る電柱巡りに同行しました

電柱を追いかけながらのウォーキングというのはなかなか面白く、新しい散歩の楽しみ方ということで、その様子を紹介したいと思います。電柱や電信柱を追いかけながらの散歩道。いつか散歩する機会があれば、電柱に足を止めて確認してみてはいかがでしょう。意外に楽しい散歩の仕方でした。
河内長野の歴史

【南河内郡千早赤阪村】役場の後ろに隠れるように鎮座する出合藤森戎神社とは?楠木正成との由来が。

まとめると楠木正成の夢枕に出てきたお告げから、生まれた故郷「山の井」の中にある下赤坂城の麓にある霊的な地とされた「藤ノ森」にえびす神を祀ったということです。それが現在も鎮座している出合藤森戎神社というわけですね。そんな歴史を振り返りながら大阪唯一の村にあるえびす神に手を合わせてみてはいかがでしょう。
河内長野のイベント

【河内長野市】地道な活動と貢献を行う消防団の晴れ舞台!今年の出初式は11日に大師総合運動場で開催

行事などでも消防団などが出向いて事故が起きないように警戒している場合もあります。消防団は縁の下の力持ちのような地味だけどもとても重要な存在ですが、そんな消防団の晴れ舞台といえば出初式です。
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【大阪狭山市】金剛駅から狭山、三都、池之原、龍神社と初詣を取材しながら大阪狭山市駅まで歩いてみました

今回はバスを使わず、南海金剛駅から狭山、三都、池之原、龍神社と初詣の様子を取材しながら大阪狭山市駅まで歩いてみました。アバウトな数になりますが、総距離数は11キロ、歩数は1万5,000歩くらいでした。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡河南町・太子町】おおっ、3日まで目の前で護摩焚き&法話も!元日初詣の様子を取材してみました

昨日から2026(令和8)年がスタートしました。年の初めの3日間は三が日ということで神社仏閣への初詣が行われます。ということで、昨日(元日)は河南町の北側と太子町で初詣の様子を取材しました。