【大阪狭山市】リニューアルした狭山池博物館の第一弾特別展は10月18日まで「重源の改修と水下五十余郷」。内容について詳しくご紹介

大阪狭山と南河内郡の歴史
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工事が終わって9月からリニューアルオープンした狭山池博物館は、開館25周年記念ということで「令和8年度特別展 重源(ちょうげん)の改修と水下五十余郷」が行われています。

重源をおさらいすると、平安末期から鎌倉時代かけて活躍した僧です。後白河法皇の命を受け、源平の戦いで焼失した東大寺の大仏再建をはじめとする大勧進職(だいかんじんしょく:寺院や仏像の造営・修理のために寄付を集め、人材を組織して工事全体を統括する最高責任者)を務めました。

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また彼は宋(中国)に3度渡り、先進的な技術や仏教文化を導入するとともに、全国各地で水利事業も手がけました。その中のひとつが狭山池の修築です。

令和8年度特別展 歴史セミナー

訪問した9月12日は、大阪府立狭山池博物館開館25周年記念令和8年度特別展 歴史セミナーが行われていました。

この日は第1回目で、河原 秋桜氏(大阪府教育庁文化財保護課)が「中世狭山池水下の遺跡について」、阿部大誠氏(本館学芸員)が「特別展の見どころー重源と狭山池ー」という講演でしたので、見学の前に聴講(ちょうこう)しました。

なお、歴史セミナーはあと3回行われます。無料で予約不要。当日いきなりでも聴講できます。

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  • 第2回 9月19日(土曜日) 横内 裕人氏(京都府立大学文学部教授)「俊乗房重源の勧進と日宋の大規模造営ー結縁・物流・救済ー」
  • 第3回 10月10 日(土曜日) 佐藤 亜聖氏(滋賀県立大学人間文化学部教授)「重源上人の狭山池修築とその背景」
  • 第4回 10月17日(土曜日) 續 伸一郎氏(堺市文化観光局歴史遺産活用部文化財課)「瓦にこめた祈りー水下世界に受け継がれた信仰ー」

場所は1回目同様大阪府立狭山池博物館2階ホールで、14時から15時30分(開場は13時30分)です。

講演会が終わってから、1階にある特別展示室に向かいました。

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今回の特別展は写真がOKで、かつSNSでシェアすることを奨励されていましたので、思いっきり撮影させていただきました。ただし、フラッシュや三脚は禁止です。

こちらが特別展です。講演会を聞いた後というのが幸いで、見るべきものが解ってとても重宝しました。

第1章重源の狭山池改修

まず重源の狭山池改修について、重源は狭山池の他東大寺の復興にも関わりました。

重源は、今で例えれば、超大規模プロジェクトの総責任者(スーパーゼネコンのトップ)兼、社会貢献型のスーパープロデューサーみたいな凄いポジションにいた方です。

そして何よりもすごいのは、重源が82歳の時に狭山池の改修を行ったことです。それは死の4年前のこと。当時の平均寿命はなんと30才前後ですので、それもすごいですね。これまで得た経験をフル活用して改修したことが伺えます。

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そして狭山池改修碑です。説明にも書いてありますが、慶長の改修(1596年)で新設された中樋取水部の石垣に積まれていたそうです。このあたりは常設展でも紹介されています。

改修碑の存在が見つかったことで、改修の背景、改修内容・工程、同行衆(どうこうしゅう)・技術者などが具体的に知られるようになったそうです。石に刻んだからこそ貴重な情報が残ったんですね。

重源が具体的に行った石樋についての紹介です。説明を見ると驚いたことに、古墳時代の石棺を利用したとあります。これは墓石を再利用したということなので、いまの感覚だと驚きますね。

第2章中世の水下世界

中世の水下世界についての紹介・展示です。水下世界という言葉は初めて聞きました。

水下世界は、狭山池を水源として利用している郡や郷のことを指しています。

こちらは郷(公領)と荘(荘園)の分布図です

これは常設展にあった水下世界ですが、江戸時代の付け替え工事の前までは大和川がいまの場所には無かったので、今の大和川よりも北に狭山池の水が供給されていました。

また古代と中世とでは範囲が異なっていることがわかり、中世のほうが範囲が広がっていて狭山池の重要性がうかがえます。

水下世界と呼ばれているところにいくつかの遺跡があり、そこから発掘されたものが展示してあります。

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実際に調査したところも紹介されています。見に行っても多分わからないかもしれませんが。

斜め長方形に発掘が行われているのがわかります。

出土した土器類が展示されています。

ざっくりとしか撮影していません。気になる方はぜひ実際に行ってじっくり眺めてみてください。

と思ったら、どうしてもひとつだけ気になりました。僧の頭を瓦と同じ材質で作ったものです。調べると有力な説として「瓦工人の技術の表れ」「信仰や奉納に関わる造形物」である可能性があるとのこと。

僧の頭以外にも様々な瓦が出土しています。

壷や椀の破片は立体的ですね。

河内台地の開発というコーナーです。松原市の池内遺跡です。

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実際に出土したものに加え、写真による展示もありました。

実際の遺跡の発掘現場と、出土品が並んでいます。

池内遺跡の配置図についても、

松原市の立部遺跡(たつべいせき)です。このようにして見ると狭山池の恩恵は今の大阪狭山市よりも北側にある松原市のほうがより多く受けているように感じました。

立部遺跡からの出土品です。

立部遺跡にも発掘現場の写真が掲載されています。

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立部遺跡の周辺には寺院があったことを伝える説明板です。

これは何かと説明板を拡大すると「炉の跡」を剝ぎ取ったそうです。狭山池博物館は大きな地層を剥ぎ取ったものを展示していますが、剥ぎ取って展示できる技術に改めて驚きます。

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第3章重源と水下世界

第3章は重源と水下世界ということで、河内鋳物師の紹介がありました。

説明板によると、河内鋳物師は河内国丹南郡(現在の大阪府堺市美原区から松原市)一帯を本拠としていた金属鋳造の技術者およびその集団のことで、初めて史料に登場したのが11世紀後半とのこと。

まさに狭山池の下流にある水下世界を拠点にしていたんですね。

説明板によれば、12世紀後半の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼き討ちで東大寺は伽藍の大半を焼失してしまいます。そこで重源を中心として再興事業を開始したそうです。

こうして編成された大仏鋳造集団には、草部是助(くさべこれすけ)が率いていた河内鋳物師14名が参加したそうです。

さらに13世紀中ごろに始まった鎌倉大仏鋳造にも、河内鋳物師の丹治久友(たんじひさとも)が関わっていたと書いてありました。

こちらは山口県防府市に所在する華厳宗の寺院周防阿弥陀寺で、1187(文治3)年に重源によって創建されました。

その阿弥陀寺が所蔵する国宝の鉄宝塔に刻まれた銘文のなかに、1195(建久6)年に河内鋳物師の草部是助、草部助延、草部是弘が参加して、鉄宝塔を鋳造したことが記されているそうです。重源と河内鋳物師とのつながりの深さを感じました。

他にも河内鋳物師関係の展示が並んでいました。

右手に見えるひときわ大きい物は、羽釜を作るための鋳型(いがた)の復原です。復元とは似て非なるものです。

「復原」=後世の改変を取り除いて元の姿に戻す。

「復元」=失われた建物や構造物を資料に基づいて再現する。

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梵字文瓦の説明です。説明板によると狭山池水下出土遺物の特徴のひとつとして梵字を刻んだ梵字文瓦のことを紹介しています。

画像のように多いのは、阿弥陀仏をあらわす梵字「キリーク」を記した梵字文瓦が多く、「キリーク」の梵字文瓦が複数出土しているとのこと。余部日置荘遺跡や大和川今池遺跡などでは、複数個出土しているそうです。

図録 狭山池復活 慶長の改修にみる先端技術 狭山池池博物館
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平安時代末期から鎌倉時代にかけて浄土信仰が広まるなか、阿弥陀如来を象徴する梵字「キリーク」への信仰も広がりました。その影響を受けて、寺院ではキリークを文様として表した瓦が作られるようになったと考えられています。

これは事前に講義を受けてからだったので、意味が解りました。

江戸時代のころには河内鋳物師の子孫が、研究者から見たら明らかに「偽物」とわかる文章を本物のようにして仕事をもらっていたということがあったそうです。その文書が展示されていました

これはレプリカですが、重源狭山池改修碑です。つまり重源が狭山池を改修した歴史的事実の証(裏付けられた)です。

1993(平成5)年の発掘調査で発見された「重源狭山池改修碑」の本物も狭山池博物館で所蔵されており、国の重要文化財に指定されています。

ということで狭山池博物館の特別展をご紹介しました。10月18日までなので、興味のある方はぜひ狭山池博物館へ足を運んでみてはいかがでしょう。

なお、リニューアルオープンということで常設展も見たのですがそれについては長くなるので続編として改めてご紹介します。

狭山池博物館「特別展重源の改修と水下五十余郷」

住所:大阪府大阪狭山市池尻中2丁目
開催期間:2026年10月18日まで
アクセス:南海大阪狭山市駅下車徒歩12分

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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

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