【南河内郡千早赤阪村】大阪唯一の村の玄関。古い建物が残る森屋のまちなみを歩きながら歴史に思いを馳せる

大阪狭山と南河内郡の歴史

大阪唯一の村千早赤阪村に入るルートを考えた時、観心寺の裏山から小吹台、河内長野の小深からトンネルをくぐって千早(金剛登山口)に向かう河内長野経由ルートの他、富田林や河南町側から入るルートがあります。



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そして、村役場や道の駅がある地域は河南町や富田林から入るルートからが近いので、千早赤阪村の玄関と言えそうです。その場所にあるのが森屋です。

森屋といえば、以前千早赤阪村中学校でマレーシアの子供たちが訪れいっしょに授業をした際に、マレーシアの子供たちに森屋の青年団や村衆からの御厚意で地車の手ぬぐいやうちわをプレゼントしたということがありました。

そして私が初めて千早赤阪村に入ったのが森屋で、当時は富田林側から歩いて行きました。

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そんな森屋に、大雪が降った後の先週、立ち寄る機会がありました。雪が少し残る森屋の様子を歩いてみました。

森屋西口から森屋の集落に向かって降りていきます。

降りたところには千早川が流れています。

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こちらの橋を渡ると森屋の集落に行けます。

橋の袂に金刀比羅大権現がありました。

金刀比羅大権現からバス道を見るとなかなか興味深いです。あんなに高いところに道路があったんですね。

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橋の名前は中橋です。

そして、橋を渡った反対側にも祠を発見。こちらは地蔵堂とのこと。

地蔵菩薩が安置されています。横からその姿が見られる祠は珍しいですね。

情報無き石碑があります。

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「義?○部三郎〇記(紀?)念碑」と書いてあるようです。ずいぶん石碑の状態が良くないようですが、最後に明治二年と書いているように見えます。

訪問時は雪が少し残っている状況でした。

大字森屋という文字が書かれているホース格納庫に味わいを感じます。少し歩く方向と違ったのでそこには行けなかったのですが、近くには高札場(こうさつば:江戸幕府や領主が定めた法や掟などを人の通りが多い場所に掲げた木の札)跡があります。歴史的に森屋がそれなりに大きな町だったことがうかがえます。

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森屋の歴史を探ると、中世のころは楠木正成が築城した下赤坂城があり、敵方の使者を葬った「寄手塚」、味方を葬った「見方塚」があります。

その他森屋はかつて水越峠からの街道が通っていて、富田林寺内町方面への富田林街道がありました。さらに分岐点でもあり、分岐した千早街道が南の方の金剛登山口方面に続いていて、千早峠から五條に至る道がありました。

ちょうど金剛山を挟み込むように北側と南側の峠に向かう道があったのです。現在でも菊水橋の南側、森屋バス停のそばにある森屋交差点で道が二手に分かれていて、右側の道が水越峠に、左側の道が千早(金剛登山口)方面に道が続いています。

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千早への道はかつての金剛山ロープウェイ付近からの山道を登ると千早峠に到達するので、森屋の役目は当時と変わらないとなります。

そのため森屋は街道集落として栄え、「森屋のまちなみ」として「大阪まちなみ百景」に2006(平成18)年度に選定されました。府民の投票で選ばれたそうです。

さらにかつては石川郡の中核的な場所だったことから、米や菜種、木綿の集散地として市場があったそうです。

ところが江戸幕府が開く前年の1602(慶長7)年に、ある争論が起こりました。

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それは、森屋の北側、現在の河南町にある大ヶ塚寺内町でも市を開いたため、森屋と争いになってしまったとのこと。

話し合いの結果、月の上旬(10日まで)が大ケ塚寺内町が市を開くことになり、中旬と下旬は森屋が市を開くことで話がまとまったそうです。



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森屋から坂を上がった森屋台と言われているところでは梅が咲いていました。梅の木に弦状の植物が絡みついていてたため、梅の花に混じってカラスウリの実がなっていました。

上がっていくと建物が無くなり、道だけです。

上がりきったところにビニールハウスがあります。

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カラスが居ました。

用水路に水が流れています。雪解け水も混じっていると考えられます。

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このあたりも森屋ですが、森屋台という名前がついているようです。

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こちらに集会所があり、これで森屋台という地名があることを知りました。

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遠くに金剛山が見えます。ということで森屋を歩いてみました。千早赤阪村の玄関口の印象のある森屋は、かつて街道の分岐点だったため、たいへん栄えていたという歴史を知ることができました。

森屋のまちなみ

住所:大阪府南河内郡千早赤阪村森屋
アクセス:森屋西口バス停下車から徒歩

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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

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