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河内長野の歴史

【河内長野市】なんと神社で除夜の鐘を撞く!神仏習合の名残、2026年の干支・午に繋がる住吉神社の初詣

「なんと神社で除夜の鐘を撞く!」と一瞬驚きますが、結論から言えば、これは神仏習合の名残です。江戸時代までは神社境内の中に神宮寺、あるいは寺の境内に神社があることが別に普通だったのですが、明治時代の廃仏毀釈で仏教系寺院の多くが廃寺となったことは、南河内地域の神社仏閣を歩いているとその足跡がいくらでも見られます。別の日に住吉神社に参拝した時に撮影しましたが、境内に鐘楼が残っていました。
河内長野のおでかけ・散歩記事

【河内長野市】観心寺除夜の鐘&初詣の予定は?かつての領地、観心寺七郷の小深から鳩原まで歩くと何がある

河内長野の除夜の鐘&初詣スポットといえば天野山金剛寺や延命寺なども含め数多くあります。しかし、観心寺も忘れてはいけません。「PR」「PR」観心寺の公式ページ(外部リンク)によると、観心寺の年末年始の行事は次のようになっています。12月31日...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】気軽に寺に来て、そしてもっと太子町を知って!日本最古級の尼寺、西方院院主の思い

南河内郡太子町には、聖徳太子御廟をはじめ、4つの天皇陵、日本最古の国道(官道)の竹内街道、万葉集にも出てくる二上山、二上山中腹にある日本唯一の大陸風岩窟寺院の岩屋など、たくさん見どころが多い場所。ところが残念なことに、大阪府の自治体の中でも...
インタビュー記事

【河内長野市】動けない人も移動機会を!PASは元消防長3人らが民間救急車を利用した移動支援を実施

大阪でも非常に珍しいという認証NPO法人PASさん。消防長を務めた3人の方が、第二の働きの場というべきPASさんでいきいきと働き、高齢者のお役に立てたい、もっと多くの人に知って欲しいという思いが伝わる取材でした。
奥河内とその周辺エリアの季節の見どころ

【河内長野市、大阪狭山市、南河内郡】2026年、地域ライターが初日の出スポットをどこよりも詳しく紹介

今年もあとわずかとなりました。奥河内とその周辺地域(河内長野市、富田林市、大阪狭山市、南河内郡)で定番から穴場、さらには今年の最後「大みそかの日の入り」のスポットを唯一無二の地域ライターがどこよりも詳しく紹介しましょう。
唯一無二の地域ライターがイチオシの南河内郡グルメ

【南河内郡太子町】店主夫妻のホスピタリティの良さが地元に愛される理由!太子町役場すぐの食堂ふくべ

これを書くと太子町の人にお叱りを受けるかもしれません。私が公共交通派という事情があるからかもしれませんが、河内長野に住んでいる者として、南河内郡太子町に行くとなんとなくショートトリップをしているような感覚になります。「PR」「PR」そのよう...
インタビュー記事

【南河内郡河南町】訪問理容をもっと知って欲しい。カットショップ・ナカが目指す出張福祉理容のあり方

河南町中という地域は、かつて中村と呼ばれたところで、明治時代までは中村神社が村の中心にありました。その中村神社が建水分神社に合祀された後も、村の中心部として、近隣に生活に必要な店舗が集まっていたそうです。「PR」「PR」しかし車社会となった...
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【大阪狭山市】ここに観音菩薩!西除川沿いに入口があり、迷路のような通路の奥に鎮座している幸久観音とは

狭山池方面から河内長野方面に向けて、西除川沿いを歩いていたときのこと。せせらぎ橋の近くに「幸久(きく)観音入口」という名前です。奥に観音菩薩を安置しているようです。
河内長野の歴史

【河内長野市】クリスマスだから考えた!昔のキリシタンではなく今のキリスト教会につながる伝道師と学校

河内長野とキリスト教の接点を考えた場合、多くは戦国時代にフランシスコ・ザビエルが伝えたキリスト教が河内一帯で広がった話になります。開国後の明治時代になると再びキリスト教が日本に入り、その時の伝道成果が今も続いています。そこで今年のクリスマスは、明治以降に入ってきたキリスト教と河内長野との関わりについて確認していこうと思います。
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【南河内郡太子町】途中で美味しいコロッケも!六枚橋東交差点から上ノ太子駅まで竹内街道を歩いてみました

竹内街道については六枚橋から道の駅近つ飛鳥までを紹介しました。しかし、竹内街道は堺から松原、羽曳野を経由して太子町まで続いている道。そして太子町内でも六枚橋までの道沿いにも歴史を感じたり、美味しいコロッケを販売しているお店があります。ということで、今回は六枚橋東交差点から近鉄上ノ太子駅まで、竹内街道沿いを歩いてみました。
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡千早赤阪村】え?道の駅だけ周りと地名が違う!二河原辺を歩きながら地名の由来を調べてみた

二河原辺を地図で検索すると、赤で囲った地域が該当します。細長い地形で一部飛び地になっているところがありますが、飛び地は山の中です。あの道の駅ちはやあかさかの住所が二河原辺だという事実で、周りの施設は水分です
河内長野の歴史

【河内長野市】大阪府と地域住民がタッグを組んで完成させた事業!小山田の果樹園の間の道にある道普請の碑

平成15年度より3年に亘(わた)って、小山田自治会と富田林土木事務所との府民協働で改修された道路とのこと。府民協働とは、共通の目的のために府(行政)と府民が一緒に考えて対等な立場で認識、尊重しながら行動することです。
唯一無二の地域ライターがイチオシの南河内郡グルメ

【南河内郡河南町】すごすぎるワン愛!大型も小型もみんな楽しいモコカフェはフードも美味しいです

ワンちゃんのための施設はいろんなところにあるのですが、河南町にあるモコカフェ(MOCO cafe&dogrun)さんほど「すごすぎるワン愛」を感じるカフェはそう多くはない気がします。
大阪狭山のイベント

【大阪狭山市】今年の思い出の一枚を!2025年の大阪狭山市フォトコンテストは1月5日まで開催

一年を振り返るのに最適なイベントを、大阪狭山市主催で開催しています。「大阪狭山市フォトコンテスト〜2025年の思い出〜」です
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】日本で唯一の大陸風石窟寺院跡が二上山中腹に!岩屋と石切場跡は火山活動の結果で

二上山が太古の火山活動の結果、山の中に多くの凝灰岩があったために、古墳の石棺や石室に利用される石切り場がありました。それを活用して作られた岩窟寺院跡の存在、二上山の中腹には、二上山ならではの歴史の形跡が数多く残っています。
その他

【河内長野市】市民はもちろん市に関わる多くの人のご意見を!総合計画アンケートに回答して未来を創ろう

まもなく今年も終わりますが、河内長野市は年末に向けても様々な取り組みが行われています。そのひとつは2025年12月16日より、株式会社マーケットエンタープライズと連携協定を締結し、リユースプラットフォーム「おいくら」を通じたリユース(再利用...
大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

【南河内郡河南町】サイクリストがビビる上河内のキルワニ坂とは?激坂といわれる坂道を歩いて登ってみた

河南町を含め南河内地域で山が近いところは当然坂が多くあります。車やバイクのようにエンジンをかけて自動で登る分には楽ですが、そうでない場合は大変です。【ふるさと納税】TONE トネ ハイブリッド電動ドライバー(充電式) CHD21S 工具 T...
インタビュー記事

【南河内郡千早赤阪村】あの丸亀製麺管理職を辞め竹に魅せられ村で活躍!水越峠の竹の杜バンブー池田屋

ちなみに現在水越峠に公共交通で行く最適な方法は、河南町からやまなみタクシーを使って青崩東で下車します。徒歩15分位山の中を歩くと、竹の杜のバンブー(bamboo)池田屋さんに到着します。
河内長野の歴史

【河内長野市】バス停の前に知る人ぞ知る歴史の痕跡!日野への安全な道を作ったことを記録する高向村難道碑

高向から日野、滝畑に向かう途中は山の中を道が続いていて、日野・滝畑コミュニティバスからもその様子が見られます。「PR」「PR」その中に「汐滝橋」というバス停があります。これは古保バス停と中日野バス停の間にあります。クリスマス お菓子 詰め合...
大阪狭山と南河内郡の歴史

【南河内郡太子町】大化の改新の時に即位し、初めて大阪に都を造営した孝德天皇が眠る山田上ノ山古墳

太子町には磯長谷古墳群(しながだにこふんぐん)と呼ばれる、聖徳太子をはじめ複数の天皇陵や小野妹子の墓などがあります。そんな中、竹内街道沿いに古墳への入口があるのが孝德(こうとく)天皇陵こと山田上ノ山古墳です。