大阪狭山市から最も近い百貨店をみると、泉ヶ丘駅にある泉北高島屋になりますが、つい最近まで乗り換えなしの堺東駅に直結していた堺タカシマヤがありました。

御存じのように堺タカシマヤは1月7日をもって残念ながら閉店となりました。とはいえ、泉ヶ丘にも高島屋があるので、最も近い百貨店は堺市内となります。ところで、大阪狭山市内のあるところに実は堺市の飛び地があることを知っている人は、そう多くはないでしょう。

実は狭山池の西側池之原地区に堺市の飛び地があることを発見しました。場所は赤で囲ったところ、総合グランドや総合体育館の近くの池之原会館すぐ隣側です。

とても気になった私は、地図を頼りに飛び地に行ってきました。

以前、富田林市内に大阪狭山市の飛び地(大阪狭山市大字半田2143番地)があることを取材しました。現在は「須賀西ちびっこ老人憩いの広場」という小さな公園となっていて、富田林市が管理しています。

飛び地のすぐ近くまで来ました。画像の建物のあたりが飛び地に該当します。

では、大阪狭山市内にある飛び地を確認すると、堺市東区丈六という地名が出てきます。ところで丈六の地名は南海北野田駅の北西側にある地名なのですが、それ以外に小さな飛び地が破片のように点在しています。一番下側が大阪狭山市にある飛び地ですが、後は堺市東区内にある飛び地です。

飛び地ができる理由は様々です。主だった理由は以下の3つが考えられるとのこと。
- 河川の流路変更、改修、山などで隔てられた地形が原因で発生する地理的要因
- 村などが合併する際に離れた土地の扱いで飛び地になったり、江戸時代の検地の際に村が分割されたもの残りだったり、土地を交換したり買収するなどして発生する歴史的・地理的要因
- 土地の所有者(地主)の意向や離れていても同じ経済圏に属することを希望するなどして誕生する経済・社会的な要因

飛び地の周りを歩いてみました。飛び地内の建物です。建物は何かを調べると

表札がありました。象印チェンブロック株式会社池之原寮です。

象印チェンブロック株式会社の会社案内(外部リンク)によると、本社工場が大阪狭山市岩室2丁目にあります。1936(昭和11)年にチェーンブロック(滑車とロープを使って重量物を上げたり下げがりする工具)を製造を始めた会社です。創業時には大阪市西区に所在地があったのですが、事業拡張により1962(昭和37)年に当時の狭山町に新工場を建設して移転してきたとのこと。

そして社員寮のある飛び地のすぐ南側に本社工場があることがわかります。

では、なぜここに飛び地があるのでしょうか?実は古地図を調べると意外な答えがかえってきました。

大阪狭山市の飛び地付近の古地図を見ると、赤で囲まれた飛び地の所にかつて池があったのです。1955(昭和30)年くらいまで池があることが確認できました。

やがて池が埋められ、社員寮とその隣に駐車場が設置されたと考えられます。ちなみにため池を埋め立ててその後に建物を建てる例はよくあることで、大阪狭山市の副池の北側にある小さな池の一部も埋め立てられて住宅が建っています。

(灰原池にある、中学生の学びの場を建てるために、池を半分埋め立てたことを記録する碑)
その他にも河内長野市役所も隣の大池を半分埋め立てて建てられていますし、河内長野市立千代田中学校も灰原池の半分を埋め立てて建てられているので、珍しいことではありません。

ということで、ため池が飛び地になっていることがわかりました。ではなぜため池が堺市東区丈六なのでしょうか?ため池は水利組合が管理していますが、江戸時代の南河内地域は、水利権を巡る激しい争奪戦等も行われていたことも影響しているのかもしれません。

また飛び地の地名「堺市東区丈六」は、かつて旧丹南郡丈六村で、歴史を確認すると奈良天平年間に行基が創建した丈六寺を由来とする古い村です。1263年の記録に「丈六池」、1612年の記録にも「丈六村」の名前が残っているとのこと。そして村は狭山池の大樋筋から取水していたそうです。

(飛び地近くにある小さなため池)
また飛び地のある池之原地区はかつて三都村の一部(旧岩室村)だったそうですが、飛び地のすぐ近くにある池之原神社は狭山池より高台にあるため、狭山池の水が得られず、神社の周りに小さなため池をたくさん作ったとのこと。現在も飛び地の近くに小さなふたつの池があります。

(飛び地の北側から見ると一段低い場所になっていて、池があった名残が見える)
以下はあくまで推測なのですが、旧丈六村が狭山池からの取得分では足りないから別に水源を確保するために、飛び地の場所を確保して池を自分たちで作った、あるいは池之原にある池のひとつを村が購入、または譲渡を受けたなどいろいろなことが考えられます。真実はよくわかりません。ただ確かに言えることは、現在も残っている大阪狭山市内にある小さな飛び地は、かつてため池だったところで、現在の住所も堺市東区丈六ということです。

大阪狭山市内にある堺市の飛び地
住所:大阪府大阪狭山市池之原4丁目(飛び地住所は堺市東区丈六)
アクセス:池之原会館前バス停下車徒歩1分



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