千早赤阪村を中心に、南河内地域一帯は山城が多く築かれました。大坂(大阪)城のように立派な天守閣がある城ではなく、もっと簡易的な木造建築の山城でした。現在はその形跡だけが残っているのが現状で、それも専門家等の調査でしか見つけることができません。

そのように、山城跡は専門家が見れば一目瞭然なものでも一般の素人ではわかりにくいのです。しかし、少しでも歴史的な遺産である城跡を知ってもらおうと、講演会と現地見学会が頻繁に行われます。次回は12月14日に河内長野の烏帽子形城について、講演会と見学会が行われます。
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では、山城の講演会とはどのようなものでしょうか?最近では11月8日に千早赤阪村で行われた関西城郭サミットがありましたので、聴講に行ってきました。
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翌日9日の現地見学会は雨で残念ながら中止となってしまいましたが、8日の講演会は10:45~16:20までしっかりと拝聴させていただきましたので、ご紹介しましょう。バスで会場となるくすのきホールに向かいます。
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会場となるくすのきホール隣には道の駅千早あかさかがあります。

この日は有料の立派な資料「千早赤阪城跡群調査報告書」がついていました。
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始まる前の様子です。

最初に主催者である一般社団法人楠公史跡保存会からの挨拶がありました。
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ここからが本題です。最初は1部として「千早赤阪城跡群の調査成果報告」です。岡寺良立命館大学文学部教授により講演がありました。
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調査には赤色立体地図(外部リンク)を使って山城の痕跡を確認することが行われています。

ここからは2部のシンポジウムです。「土器から見た城郭」ということで、佐藤亜聖滋賀県立大学人間文化部教授による講演がありました。

古代の土器と中世の土器との違いや特徴、出土する土器によって当時の流通経路などがわかるという内容でした。

昼休憩をはさんだ後、午後の最初に行われたのは講談です。「楠木正成の赤阪城奪還戦」という演目で講談師の玉田玉秀斎氏が演じました。
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その後は「河内守護畠山氏の南河内支配と城郭」というタイトルで、小谷利明八尾市専門委員、元八尾市立民俗資料館館長による講演でした。
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河内国を支配した畠山氏について、南朝勢力だった楠木氏の残党勢力を取り込んだ話や合戦名の「嶽山」は富田林にある山だけど、実際には千早赤阪村で合戦が行われていた旨の内容でした。

この後は、文化遺産の楽しみ方、関わり方ということで和泉大樹阪南大学国際学部教授による講演です。

研究者・専門家による遺跡研究がありその成果を伝えるために、外部の一般の人たちと連携することの重要性についての講演内容でした。例えばこの日行われた関西城郭サミットもそういった取り組みのひとつであるのこと。
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最後はパネルディスカッションということで、司会が中西裕樹京都先端科学大学特任准教授、パネラーにはこれまでの講演者に加え、中井均滋賀県立大学名誉教授が参加して行われました。ひとつのテーマに対してそれぞれの立場から意見交換が行われ、専門的な内容ながらもわかりやすく興味深い話が続々と聞くことができた1日でした。
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ちなみに中西特任准教授は、12月14日の講演会で講演をされます。10:30~11:30までの予定で、テーマは「十六世紀の烏帽子形城」です。会場はノバティホール(ノバティながの南館3階)で行われます。

そして、同じ日の13:00からノバティホールで集合し、烏帽子形城跡の見学会が行われます。担当は河内長野市学芸員です。12月11日まで申し込み受付を行っており、片方だけでの参加も可能とのこと。
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(烏帽子形城跡)
比較的訪問しやすい山城「烏帽子形城跡」のことがより深く知ることができるまたとない機会です。興味のある方は参加してみてはいかがでしょう。
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くすのきホール(関西城郭サミット)
住所:大阪府南河内郡千早赤阪村水分263
アクセス:千早赤阪村役場前バス停から徒歩10分
ノバティホール(烏帽子形城講演会)
住所:大阪府河内長野市長野町5−1
日時:2025年12月14日10:30~(講演会)、13:00~(現地見学会)
申し込み受付:12月11日まで
アクセス:南海・近鉄河内長野駅から徒歩1分
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この記事を書いた人
奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。



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