【南河内郡太子町】古くて新しい緑の一里塚は、日本最古の国道竹内街道の休憩所を整備。太子町にあるものは

大阪狭山と南河内郡の歴史

損傷が激しい、あるいは汚れているなどの老朽化を理由に古い休憩所を新しくリニューアルするというのはよく聞く話ですね。大阪府太子町には、次元の違うほど古い時代の休憩所を新しく整備した「緑の一里塚」があります。

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(西高野街道大阪狭山市市内にある女人道の一里塚・十一里)

一里塚は、かつて街道を旅する人々にとって里(り:約4km)ごとの目印です。竹内街道に限らず、西高野街道にもあります。昔の人は一里塚の上に生い茂る木に立ち寄ってつくられた木陰が休憩所の役目を果たしていたそうです。


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太子町にあるこの緑の一里塚は、実は太子町だけのものではなく、竹内街道のオリジナルなのだそうです。日本遺産竹内街道(外部リンク)のサイトによると、これは竹内街道にあった一里塚を整備したもので、2013年に竹内街道・横大路が敷設1400年を記念して設置されたものです。太子町のほかには大阪市、堺市、松原市、羽曳野市、葛城市、大和高田市、橿原市の街道沿いに設置されました。

木陰があるところで休憩ということは、今でもウォーキングの際によく行われることですね。

というわけで、太子町の「緑の一里塚」に行ってきました。場所は春日神社(太子春日)の北、新池の北側にあります。画像左側が土手になっていますが、これが新池です。

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背後に墓地がある手前に、太子町の緑の一里塚がありました。


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緑の一里塚の石碑です。

一里塚そのものは、距離を確認するための標識です。ただ緑の一里塚は、石碑が立っているだけの高野街道の一里塚と比べると休憩スペースがあり、少し一服できるようになっています。

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石でできたベンチがふたつありました。


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緑の一里塚についての紹介です。万葉集の歌人も訪れたということで以下の二首が紹介されています。

  • 大坂を 我が越え来れば 二上に もみぢ葉流る しぐれ降りつつ
  • 明日香川 もみぢ葉流る 葛城の 山の木の葉は 今し散るらし
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ということで、日本最古の国道(官道)を往来していた人が休憩するときに利用した一里塚を整備した、緑の一里塚(太子町)を紹介しました。竹内街道を歩く、あるいは近隣を散歩する際にちょっと休憩してみるといいかもしれませんね。


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緑の一里塚

住所:大阪府南河内郡太子町春日
アクセス:上の太子駅から徒歩20分

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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

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