【河内長野市】新しい散歩の楽しみ方を開眼!滝畑にあった発電所・瀧幹の名残が残る電柱巡りに同行しました

河内長野のおでかけ・散歩記事

エネルギー(電気、ガス)といえば、日本で大きな地域ごとに大手企業がほぼ独占している印象がありますね。関西地域では関西電力や大阪ガスが該当します。しかし、河内長野には大阪ガスの取次店業務などを行っているものの、河内長野ガスという別法人があります。

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そして、昔はガスだけでなく電力会社も独自にあったとのことで、それは滝畑に存在していた瀧幹と呼ばれる会社です。


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こちらは、河内長野市教育委員会が滝畑の水力発電所100周年を記念して発行した冊子です。それによると、かつて河内長野には千早川水力電気株式会社がありました。滝畑ダムの上流にある谷の水を水源として、ふたつの発電所を建設して電気を供給していたそうです。

その瀧幹については、滝畑ふるさと文化財の森センターが無料の資料館を常設展示しています。ざっくりと歴史を見ると次の通りになっています。

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  • 1911(明治44)年 資本金15万円で 千早川水力電気株式会社設立
  • 1919(大正8)年 千早第三発電所 滝畑で運転開始
  • 1920(大正8)年 千早第四発電所 滝畑で運転開始
  • 1938(昭和13)年 大同電力(株)と合併し、滝畑の発電所は(滝畑第一、第二発電所に)
  • 1939(昭和14)年 日本発送電(株)に統合
  • 1942(昭和17)年 関西配電(株)の所管に
  • 1951(昭和26)年 関西電力の所管に
  • 1953(昭和28)年 台風被害で滝畑の発電所は運転休止
  • 1961(昭和36)年 発電所が廃止に

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簡単に言えば、かつて滝畑の山の中には小さな発電所があり、滝畑から長野(河内長野駅周辺)にまで電気を送っていた時代があったとのこと。

滝畑ダムから蔵王峠に向かう道の途中にも「タキカン」と書かれた電柱を見つけたことがありますが、現在は滝畑の発電所事業はすべて終了しており、以前とは逆流して関西電力の電気が長野方向から滝畑に向けて流れています。

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少し前になりますが、11月に滝畑ふるさと文化財の森センター主催で「タキカン」電柱を歩くイベントが行われました。電柱を追いかけながらのウォーキングというのはなかなか面白く、新しい散歩の楽しみ方ということで、その様子を紹介したいと思います。

私が参加したのは3回シリーズの最後ということで、くろまろの郷から河内長野駅まで歩くという内容でした。


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最初に準備体操を行います。

準備体操の後にウォーキングがスタートします。

最初にくろまろの郷から坂道を上って高向を目指します。

信号が赤の所でとまり、ここの電柱の説明が行われます。

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上にタキカンと書かれた表示板が見えます。その下に番号がありますが、番号の数字が進んでいくうちに増えていくというもの。

ちょうど176の番号が振られていますが、滝畑の発電所から176番目の電信柱になるそうです。


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電柱の電気網は幹線の電柱以外にも支線などいろいろとあるらしく、タキカンとは別に高向と表示している看板もついています。

信号が青になったので先に進みます。

本来の電柱ではないのですが、当時の出張所跡が水落にあるということで、先にそちらに向かっています。

画像左手の白い路面の登り道は上のバス道とつながっているのですが、かつての巡礼街道。葛井寺と施福寺とを結んでいた道です。

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電柱だけでなく地域のガイドとしての説明もあるので、とても勉強になります。


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そしてこちらが出張所だった建物で、当時の建物が現存しているという貴重なものなのだそうです。

移動手段が自転車だったころ、現場に行く際の中継点として使用されていた建物ですが、やがてバイクが主流になったので、出張所が不要になったそうです。ちなみにここには職員の家族も一緒に住んでいて、夜になって電球が切れていることに気づいた人が新しい電球を買いに来ることにも対応していたそうです。

水落の出張所からタキカンの電柱があるところまで戻ります。

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古い道沿いなので、地蔵菩薩が安置しています。後で調べると丹保地蔵尊という名前がついていました。

このまま歩くとバスが走る道に行けますが、かつてはこの近くから高向下町(下高向)方面に直接続いている道などもあったそうです。

高向・上原地区は商業用地や工業用地を確保するための用地として整備中です。

住宅が集まっている昔ながらの街道沿いに出てきました。画像は高向中町の地車です。

そしてタキカンの電柱の前に戻ってきました。

こちらの電柱には「太陽光発電逆潮流あり」と書いてあります。通常は電気を家庭に供給(潮流)が起きていますが、太陽光発電をしている場合、太陽光の発電量が自家消費電力量を上回ってしまう場合があります。そうすると、自動的に余剰電力が送電網へ流れる(逆潮流)が起こるそうです。

黒文字を使ったつまようじを作っている八田商店さんの前です。


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またこちらは電柱ではないとのこと。

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(電信柱に巻き付いている黒い線は電話線)

柱についている線は電柱の電力線(電気の供給線)ではなく電話線用に設置されたもの(電信柱)です。素人から見たら区別がつきにくいですが、微妙に違うわけですね。もちろん電柱と電信柱の両方を兼ねたものもあります。散歩をしながら電柱と電信柱の違いを見比べるのも楽しいかもしれません。

柱には「ウエハラ」と書いてあり、そのうえにNTTが見えます。上原は地元では「ウワハラ」と呼んでいますが、電信柱の名前としては「ウエハラ」のようです。

道の途中に崖があります。今はほとんど意識する必要はありませんが、高向下町と高向中町との境目です。

高向中町から高向下町に向かっていきます。

高向下町の地車小屋です。

こちらは国道371号線のバイパス道です。高向はここで終わりとのこと。

歩いている道にはつまようじ屋さんの会社が並んでいます。今は細い道ですが、かつてはメインストリートだったということなのでしょうか?

道は上原町、錦町、西代町へと続いて行きます。

このあたりに来ると「野作」と書かれた柱も現れます。


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今回は「タキカン」という電柱沿いに歩いていますが、見えてきたのはそれよりもはるかに高電圧の電気を供給している高圧線と、支える高圧鉄塔です。

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タキカンは176からスタートしましたが、気がつけば212になっています。

やがて西代町に到着し、西代観音堂の前に着きました。

そしてラブリーホールが見えてきました。ここで少し休憩しました。

休憩が終わると、ラブリーホールの前から引き続きスタートしました。

ただし、七つ辻からはタキカン表記のある電柱とは違うルートを歩きます。

細い道を河内長野駅方面に向かいます。

石川の下まで来ました。西条橋です。

踏切の前にあるタキカン電柱です。252番目ですが、ここが終点になっています。


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河内長野2号踏切を越えます。

踏み切りを越えると電柱がありますが、これはタキカンではありません。

千早赤阪村方面から続いている「チカン」です。

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「タキカン」と「チカン」のふたつの発電所から供給されていた電気がここで一緒になるそうです。

石川と天見川の合流点付近です。

そのまま菊水町付近を歩いていくと、

画像で指をさしたあたりには、かつて千早川水力電気株式会社の本社と長野営業所があった場所だったそうです。

ということでのバディながのの中にある休憩所で解散となりました。電柱や電信柱を追いかけながらの散歩道。いつか散歩する機会があれば、電柱に足を止めて確認してみてはいかがでしょう。意外に楽しい散歩の仕方でした。


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河内長野2号踏切

住所:大阪府河内長野市喜多町
アクセス:南海・近鉄河内長野駅から徒歩5分

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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。

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