道には高速道路から林道、登山道までいろんな種類がありますね。国土交通省の道路の種類(外部リンク)の資料7ページによると、私道や林道、農道などを除く道路法で定められた道路のうち、国道と都道府県道までが幹線道路で、全体の15.9%を占めています。そして残りの84.1%が生活道路(市町村道)とのこと。

河内長野とその周辺は大阪府なので、都道府県道は府道と読んでいますが、場所にもよりますが、国道に準ずる府道は画像のように大きな道路の印象です。
|
|
|

(腐道との異名を持つ府道61号線、蔵王峠への道)
ただし、南河内地域の府道は細い道が多いのは事実です。
|
「PR」 |

小山田にある画像の道も府道です。府道というより農道や私道のような生活道路にも見えます。しかし、こんな幹線道路らしくない道というのは全国に各地に存在しており、例えば東大阪市と生駒市を結んでいる暗峠のような国道もあるので、そこまで珍しいわけではありません。
|
|
|

この道は大阪府道217号大野天野線です。大阪狭山市の大野を起点に穴地蔵があるところで河内長野市に入ります。

(堺、大阪狭山、河内長野の3つが交差する位置にある穴地蔵)
その後、荘園町の西側や緑ヶ丘の北側を通って下里、最後は天野山に続く道です。基本的に「腐道」と言えそうな細い道が続きます。ただそれほど勾配が激しくないので散歩には最適な道です。
|
|
|

緑ヶ丘北町からの連絡道を歩いて府道と合流するあたりから天野山方面に向かっては、道がアスファルトで整備されており、車も緑ヶ丘方面から普通に通れます。
|
「PR」 |

しかし、逆方向に歩いていくと画像のように非常に細い道になっています。アスファルトではなくコンクリートの道です。

その細い道沿いに歩いていくと、やがて小さな石碑が見えてきます。
|
|
|

こちらです。道普請(みちぶしん)コンクリート碑という名前がついています。

石碑のように刻んでいるわけでなく、パネルようなものがはめられており、一般府道大野天野線の表記が見えます。
|
「PR」 |

そして、府道の名称の下は「おおさか 道普請 小山田」の文字が見え、その下に2003(平成15)年度、2004(平成16)年度と書いてあり、それぞれの道を青と緑色で示しているのがわかります。さらに道普請作業区間L=636mの表記も見えます。つまり平成時代の中期、21世紀初頭に行われている道普請(道路工事)であることがわかります。
|
|
|

下に説明書きがあります。ざっくり見てみると平成15年度より3年に亘(わた)って、小山田自治会と富田林土木事務所との府民協働で改修された道路とのこと。府民協働とは、共通の目的のために府(行政)と府民が一緒に考えて対等な立場で認識、尊重しながら行動することです。大阪府のページにも府民との共同についての記載(外部リンク)があります。

府民協働を行った背景には果樹園(桃や梨)が多い小山田地域にあった府道が当時地道(未舗装)の道だったそうです。水はけが悪く水たまりができるだけでなく、今よりもさらに道の幅が狭いために農作業などに支障をきたしてしまうために道の改修を望んでいたとのこと。
|
「PR」 |

(毎年河内屋菊水丸さんが来れられる小山田の盆踊り大会)
そこで富田林土木事務所は小山田自治会と府民協働で「道普請」を事業化することになりました。そして住民参加のもとで総延長636mのコンクリート舗装した道路を完成させたそうです。
|
|
|

ただ道路を大阪府の富田林土木事務所が行うだけなら、このようなコンクリート碑がつけられることはないはずです。設置された理由は、道普請が小山田自治会の協力があってなしえたものとし、住民一人一人の熱心な協力に感謝し、今回の事業が完成したことを記念して事業開始から3年後の平成18年4月に設置されたそうです。
|
「PR」 |

つまり大阪府と地域住民がタッグを組んで完成させた事業ということを記念して作られた碑だったわけです。一般の車が通るにはまだまだ狭いものの、コンクリート舗装したことで雨が降っても水たまりができにくくなり、水はけがよくなったのは事実。農作業の車も通りやすくなったことがわかります。
|
「PR」 |

道普請コンクリート碑
住所:大阪府河内長野市小山田町
アクセス:緑ヶ丘バス停から徒歩10分
|
|
|
この記事を書いた人
奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような唯一無二の文章執筆、情報を発信しています。



コメント