【南河内郡河南町】河南町の河内は「かわち」ではない!下河内から上河内経由東水分まで秋の道を歩いてみた

大阪狭山、南河内郡のおでかけ・散歩記事

10月半ばくらいまでは「暑い」と思っていましたが、11月になりいつの間にか「寒い」と思うような季節になりましたね。こんな時は体を動かすことで寒さを少しでも和らげたいところ。やり方はいろいろありますが、体を動かすには、自然の風景を眺めながらのウォーキングも最適です。

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河南町は、これからの季節に歩くのに最適だと思います。図の中で緑色が山で、白いのが平野や盆地なのですが、ちょうどさくら坂から見て東南の位置にある弘川寺、下河内、上河内と小さな盆地のようになっていて、千早赤阪村の東水分まで一本の道(大阪府道200号上河内富田林線)が続いています。

河南町にある河内(下河内、上河内)は、この地域ではよくある準難解地名かもしれません、まず河内なら「かわち」と読んでしまいそうですが、そうではありません。バスの車内のアナウンスで「こうち」と聞こえたので、そう読むと思い込んでいたら、実際は「かうち」と呼ぶと地域の人に教えていただきました。さて画像の「上河内」は「kmigauchi(かみがうち)」と表記されています。



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(関西城郭サミット2025の配布資料「千早赤阪城跡群調査報告書」)

ところが先日参加した関西城郭サミット2025in千早赤阪で城跡調査の資料や当日の報告会では「上河内城(かみかうちじょう)」と読んでいましたので、地区の表記での読み方とは少し違うようです。同様な事例は富田林の「別井」や「大深」があります。郵便局の住所表記(外部リンク)では「べつい」となっていても、地域の人の呼び方やバス停の名前は「べっつい」となっています。

さらに「大深」についてはバス停のみで地名もなく、「おおふか」、「おおけ」、「おうけ」などがあり、富田林市史(外部リンク)では「おおぶけ」又は「おぶけ」といろんな読み方が出てきました。本当に地域の地名の読み方は複雑ですね。



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そんな河内(下河内、上河内)を歩く機会がありました。歩いていて車も少なくて、緑が豊かなところなので、ウォーキングにはお勧めなのでご紹介しましょう。富田林駅前からバスで終点の河内バス停で降りました。

下河内地区の案内図があります。

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基本は上り坂です。ちなみに道路の右半分の色が違いますが、これはこの場所の下に水路があるため暗渠になっているからです。

暗渠の上を歩くとところどころに溝蓋(みぞぶた・グレーチング)があり、中の様子が見られます。

訪問した日は小雨模様だったからでしょうか?水の流れが少し激しかったです。

しばらく歩くと気になる風景が次々と出会いました。上にある道路沿いにある建物のようです。後で調べると今回バス停から歩いている道が大阪府道200号線上河内富田林線の道とは別に並行して道があり、下河内地区の集落にある家を繋いでいました。

道路から見える位置に人形がいっぱい置いてあります。

暗渠により道は広くなりましたが、見た目は元の道よりも暗渠のほうが幅が広い感じですね。



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途中の所に農業法人かうち彩園さんに行く道がありました。

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暗渠の道はずっと続いています。下の水路(川)は、太子町で石川に流れる梅川の本流。上河内の山の中が源流、河内では暗渠になっています。

下河内の標識が見える横を上がっていきます。

暗渠となっている梅川は所々で姿を見せていました。

このあたりから道幅が狭くなってきています。

崖をコンクリートで埋めている地点を過ぎていきます。



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下河内の集落が終わり、上河内までの間は山の中を歩いていきます。

梅川の流れが見えます。ずいぶん細くなっていました。

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暗渠では無くなった梅川の流れを見ながら上河内方面に向かっています。

ちなみに訪問時、この道で車に遭遇することはほとんどありませんでした。

山の中の道を歩いていきます。上りが続きますが、それほど急ではありませんでした。

少し開けてきました。上河内の集落に近づいてきたようです。左の道路で色が違うのは暗渠です。

古民家が見えます。



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道が合流したところで、振り返りました。右側の道から来ました。ちなみに左側の道を地図で見るとグロワールゴルフ俱楽部に行けます。そして途中から道が分かれていて、ゴルフ場の横を北側に、金剛霊園やさくら坂まで道が続いていました。

上河内の集落を抜けていきます。

今回は歩いて来ていますが、河南町のやまなみタクシーの停留所があります。これを利用することで、上河内の山の中に行くと楽ですね。

左側に地蔵菩薩堂がみえます。

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上河内からさらに南に進みます。

いよいよ千早赤阪村との境を目指します。

水路が階段状になっています。

民家が続いていますが、このあたりは降水量が多い場合は通行の制限があるようです。

それだけ山の奥に来ているということですね。

いよいよ山の中に入っていきます。

山の中ですが舗装されていて、それほど坂の勾配がきつくないので心地よく歩けました。



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ちなみにこの近くには、タナカファームさんや上河内城跡などがあります。

開けたところに出てきました。

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小雨交じりの天気だったのに、いつの間にか晴れ間が見えてきました。

このあたりが峠です。ここまで上がってきましたが、これからは下りがメインになります。峠なので河南町と千早赤阪村との境目かと思いましたが、実は下り部分もずっと河南町で、下に降りた国道付近がふたつの自治体の境界線だと後で地図を見てわかりました。

見晴らしの良い場所とあって、ここにはかつらぎ霊園があります。

そして下り坂が続きます。

ここからはひたすら下っていきます。

少し急な坂なので、逆方向だったら上りが大変かなと思いました。

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ただ下河内から上河内の集落を経由した山道と比べて、視界が開けているので気持ち良いです。

また完全に晴れて青空が見えたのも、気持ちよさを増幅しているようです。



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正面に建物が見えてきました。

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河南製鋲 第二工場です。チタン釘など特殊なくぎを作っている河南製鋲の本社は東大阪市高井田にあるとのことですが、公式ページの沿革(外部リンク)をみると、会社名からしてやはり河南町が創業の地でした。

水越峠を越える国道309号線と合流します。

水越川沿いに国道を歩いていきます。ここもまだ河南町で、東水分バス停付近が千早赤阪村との境になります。

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ちなみに橋の名前は新桑原橋です。中々歩いて移動する人は少ないあたりなので、橋の名前を知っている人もごくごく限られていると感じました。

国道309号線は水越峠を越えて奈良県との物流の道とあって、大型車を含めた車の交通量がそれなりにあります。歩く際には十分な注意が必要です。

並行して流れているのは水越川です。千早川の支流で、上流は国道沿いに流れていますが、水越峠の近くで金剛山方向に水の流れが変わります。金剛山の中腹あたりが源流のようです。

石だけの橋があります。地図を見た限り、この奥の山道を歩くと先ほど歩いた上河内の集落方面とつながっているようです。



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ここで千早赤坂村に入り、東水分バス停に来るとバスが待っていました。本数が少ないバス便なので、当初はここをあきらめて千早赤阪村役場まで歩くつもりだったのでラッキーでした。

ということで東水分バス停からバスに乗って帰りました。バスの本数が少なく今回のパターンはなかなか難しいかもしれませんが、河南町の奥にある下河内と上河内がどんなところなのか歩いて確認しました。国道は少し危ないですが、それまでの道は歩きやすいので散歩にも最適でした。

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下河内と上河内を経由して東水分までの道

住所:大阪府南河内郡下河内、上河内
アクセス:河内バス停、東水分バス停下車から徒歩



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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような情報を発信しています。

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