【富田林市】富田林駅北側にある歯痛観音の謎。意外すぎる正体とビジュアルが生んだ歴史的伝承に迫る!(2022年1月26日アーカイブ記事)

富田林の歴史

※アーカイブ記事なので情報は掲載当時のものです

日々生活しているとどうしても体の不調を訴えてしまうことがあります。それには我慢できるものと我慢できないものがありますが、激しい歯痛は、我慢ができないものではないでしょうか?

いったん痛み出すとついつい歯の患部である頬の部分を抑えながら、早くこの痛みを解消して欲しいと願います。



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そんな歯の痛みを改善してくれると信じられている「歯痛観音(歯痛の観音さん)」は、歯神(はがみ)さんとも呼ばれています。場所は近鉄富田林駅からすぐ近く。

 

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富田林駅の南出口(金剛バスが停車する寺内町方面)でそのまま北方面(喜志方向)の線路沿いに歩いていきます。駅からふたつ目の踏切のところに、祠があります。



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この歯痛観音の正式名称は、南無観世音菩薩堂(なむかんぜおんぼさつぞう)。通称の歯神さんというふうに、一見神様のように呼ばれていますが、厳密には仏教の菩薩像が安置されています。

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安置されている観音菩薩像は石を浮き彫り状に映し出されており、顔の右に手を置いているように見えます。

(参考:弥勒菩薩)

このしぐさは、あまり観世音菩薩像で見ることがなく、むしろ弥勒菩薩(みろくぼさつ)のしぐさに似ています。それでも弥勒菩薩は上の画像のように、完全に手を顔につけているわけではありません。

その昔、観音菩薩が考え事(思索する:思惟)をしているような、この独特なしぐさを「歯が痛いので頬をさすっているのでは?」と想像した人がいました。

こうして、菩薩像の歯が痛いしぐさであるとの伝承が広がり、いつしかこの像を拝めば、歯の痛みを癒してくれると広がったそうです。



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(観音像の上の部分、よく見ると搭を祠の中に入れている)

ところが、歯痛観音は、250年程前に全く別の理由でここに安置されました。それはある人が大きな目標を達成して建てられた宝篋印塔(ほうきょういんとう:墓や供養に使われる仏塔の一種)です。

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ではその達成とは何か?いろいろ調査したところ、1774(安永三年)に、宝篋印塔の側面や後側につぎのようなものが刻まれているものがあったとのこと。以下引用します。

西国三十三度巡礼行者 玄教さんの満願を記念 安永三年 新堂村 酒屋忠兵衛



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つまり、西国三十三度巡礼行者である玄教というひとが満願を達成したので、新堂村の酒屋忠兵衛という人が安永3年にこの石の仏塔を立てた、ということ。

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この西国三十三度巡礼行者の満願とは、西国三十三所と呼ばれる霊場の巡礼に関すること、それは近畿2府4県と岐阜県に点在する33ヶ所の観音(観世音菩薩:かんぜおんぼさつ)の霊場を回るものです。

(市内にある別の西国三十三度満行<満願>供養塔)

これは観音信仰のひとつ。観世音菩薩が人々に救いをもたらすときには、33の姿に変化するといわれているところから、33が観音信仰にとって重要な数字となっています。

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その行為(つまり33カ所の霊場を回ること)を33回行ったときに、「満願/満行」となって、このような供養塔が建てられるそうです。富田林市にはこの供養塔が全国でも特に多く、日本一であることが分かっています。



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(参考:金剛山)

同じ場所を33回も回るのは、一見不思議なようですが、例えば金剛山に毎日登山して、1000回を目指す行為と同じような意味と考えるとわかりやすいですね。

ということで、33カ所の霊場を33回巡礼したことを記念した供養塔が、いつの間にか歯痛を癒してくれる神様として地域の信仰の場所になったという事を紹介しました。



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現在、歯痛観音は、南無観世音菩薩 奉賛会(ほうさんかい)の人たちが管理・奉仕しています。花が生けられており、またろうそく台も設置。歯痛で苦しんでいる人たちを助ける場所として、今でも近くの人や通勤の人がお参りに来るそうです。

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南観世音菩薩堂(歯痛の観音さん)
住所:大阪府富田林市若松町2丁目3-2
アクセス:近鉄富田林駅から徒歩2分



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この記事を書いた人

奥河内から情報発信
大阪府河内長野市在住の地域ライター・文筆家。2021年に縁もゆかりもない河内長野に移住し「よそ者」の立場で地元の魅力・町が元気になるような情報を発信しています。

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